ブログ作って4年半、ですます調からであるだ調を基本に変更する

[最終更新] 2017年6月15日

ブログとしてサイトを開設して4年半。いつのまにか記事数も400を超えて、思う。ですます調ってのは妙だなぁと。それなりに納得してですます調で続けてきたのだけれど、いちいち改まっている感じで、どうにもよろしくない。サイトの記事の性質が変わってきたことも影響しているだろうか。それは自分の変化でもある。

端的に言うと、人のためというより、自分のために記事を書くようになった、のではないかと思う。もはや独り言に近いかもしれない。独り言が敬語の人は、相当珍しいだろうな。

で、実にいまさらではあるのだけれど、であるだ調を基本に変えようと思う。解説を主眼においた技術系の記事は、しれっとですますで書くかもしれないけれど。

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変更します

実にいまさら。2012年の10月に開設して、オリンピックもやって、今は2017年。そういえば愛機Mac mini 2012が発売された頃か(いまだに使えているのが嬉しいような残念なような)。しっかり4年半経過している。

ブログをやっている人ならわかると思うけれど、文体の基本形がですます調かであるだ調かは大事なことで、それを変えるのは、そのサイトにとってはけっこうな大事件。ある日一人称が”僕”だった人が、突然”俺”と言い出したら、小学生の男の子ならともかく、大人なら「何があった?」と心配になるだろう。口調、語調はキャラ付けの基本で、軽々に変えられないものだ。

でも変える。変えてしまう。続けて4年半というけれど、あと5年続けたら最初の4年半がマイノリティ。いや、違和感の払拭だけならすぐだろう。身内や友達や恋人が髪型変えたら正直慣れないし、たいていの場合は前のほうがよかったと思うけれど、2週間もすれば前の髪型のほうが思い出せなくなる。そんなものなんだ。

このサイトは検索エンジンからの流入を基本としているので、あまり定期的に見に来てくれている人はいないと思うから(見に来ているよという人には有難く思う。来たいわけじゃないけど特定のキーワードで検索するとやたら出てきてまたおまえか状態だよという人、すまん。その気持ちわかる。でも文句はGoogleに頼む。そしてそれなのにこの記事に辿り着いたなら、やっぱりありがとうだ)、わざわざこんなこと記事を書く必要性はないかもしれない。でも、どちらかと言うと自分のために、ここに変更を宣言している。そう、自分のため。自分のためなんだ。

誰のための記事か

自分のため、これが今回の変更の一番の理由じゃなかろうか。

前述のとおり、ですます調かであるだ調かというのは、キャラ付けの基本で、ブログを始める際にはたいていの人がどちらにするか悩むところだ。自分も悩んだ記憶がある。結果としてですます調を選んだけれど、考えてのことだから、納得してそうしたということだし、また今でも間違えてはいなかったと思っている。あの時はそうするのが自然だった。

つまり、あの頃と今で、記事の性質が変化している。それは畢竟自分の心境の変化である。ですます調が自然だったあの頃と、今は違うんだと思う。

全記事一覧」には時系列で当サイトのタイトルが並んでいる(使っている人はいないだろうが)。それを見ると、このサイトでもっとも古い記事5件のタイトルは以下だ。

  1. Windows 8ではシャットダウンしても電源が完全に落ちない (2012年11月4日)
  2. Ace PlayerでDLNAサーバー(MiniDLNA)上のフォルダが更新されないときのメモ (2012年10月31日)
  3. 小型のメディアサーバー兼NASをたてる その3 〜初期設定、SSH編〜 (2012年10月30日)
  4. 小型のメディアサーバー兼NASをたてる その2 〜RAID編〜 (2012年10月24日)
  5. 小型のメディアサーバー(兼NAS)をたてる その1 〜準備編〜 (2012年10月21日)

懐かしい(Windows 8!)。タイトルからわかるように、いわゆるハウツーもの。メディアサーバーをたてる記事は、本サイトで最初で最後の連載記事だった(今後も連載記事を書く気はない。面倒だから)。ほとんど当時の雑誌Ubuntu Magazineにあった内容をなぞっただけで、今見ると気恥ずかしい。その後も、技術系のメモやガジェットのレビューが多い…これは今も多いのだけれど、そればかりではない。最近5件の記事が以下だ。

  1. macOS Sierraでもクリーンインストールすればメモリ4GBで足るらしい (2017年4月28日)
  2. 運用することの難しさ (2017年4月26日)
  3. macOS Sierraをクリーンインストール後にやったこと (2017年4月24日)
  4. ようやくmacOS Sierraをインストール (2017年4月23日)
  5. PiVPNでエラーが出たのでインストールしなおした (2017年4月20日)

5件中4件がインストールの話でどうかと思うが、それはそれとして、表面的にはやはりコンピュータ関係の記事が多いので、あまり変わっていないと思うかもしれない。

そうでもない。

古い5件が、明確に「解説」を主眼においているのに対し、この新5件は解説する気なんてサラサラなくて、いうなれば”経験”や”考え”をつらつらと書き連ねているだけ。これは大きな差だ。昔だったら、「Sierraでメモリ4GBは足りるのか」とか「運用が難しい理由」(さすがに「運用が難しい4つの理由」にはしないだろう)とか「macOS Sierraクリーンインストールの手順」(何番煎じか)なんて記事にしていたんじゃないかな。

つまり、昔は他人のためになるような記事を書こうという意識が強かったんだと思う。大学を中退して、その後も零細でやってきた自分は、同期もおらず、頼れる人もほとんどいなかった。何か困った時、いつもいつでも、力になってくれたのはインターネットだ。大学時代からそう。ずっとそう。だから、Web上に知識を展開してくれる人に対する感謝もあった(ある)し、自分もその一員であろうという気持ちが強かった(今も)。

まぁ5年も前のことなんて実際のところあまり覚えていないし、ブログを作った理由そのものもなんだったかなぁという感じではあるけれど(紙で別につけている日記を見ても書いていない…)、当時そういう気分があったことは確かで、それはブログの内容に大いに影響していると、今にして思う(5年後の自分にこんな風に分析されるなんて、当時の自分にすれば嫌だろうな)。

とは言うものの、Webに公開している以上、今だって他人に読まれることをもちろん意識している。本当に他人に読まれなくていいならLAN内でほそぼそとやればいいし、実際そうやって作ったものもある。でもこのサイトは違う。今この時も世界中に向けて公開している。それはサーバーの勉強のためだけじゃない。他人のためになるようにという想いは、今もちゃんとある。

けれど、それはもうメインではないのかもしれない。極端な話、結果として誰のためにならなくてもいいと思っている。自分が読めれば、それでいい。結果、誰かのためになることがあれば、それは嬉しいことだと思う。

ということで変えます

他人に「解説」しようではなく、「まぁよかったらちょっと聞いてくれる?」とか「今日やったことだけどさ、参考になりそうだったら聞いてってよ」くらいのトーンに落ち着いた、という感じかな。

それには、ですます調っていうのはどうにもいちいち固くてよくない。改まりすぎている。特にぼやきに近い記事なんてのは、丁寧語だと妙にしゃちほこばっているみたいで、ケッタイだなぁと思う。話題によっては、ちょっと偉そうに感じることもある。もちろん書き方を工夫すれば、ですます調でも問題なく書けるのだけれど、いやに面倒臭いし、自分の今にうってつけではないなと思う。

だから、であるだ調。これからは。また心境に変化があれば、ですます調に戻すこともあるかもしれない。また、解説を主眼においた記事は、しれっとですます調で書くなんてのはありそう。ですます調、落ち着いていていいんだけれどね。個人的に購読しているサイトにはですます調が多いし。けれど、今しばらくはであるだ調がしっくりくるな。

ところで、ひょっとすると「元々そんなですます調でもなかったのでは」という問題もあるだろうか。実際、自分は100%ですますで統一してきたわけではない。が、やはりですますが基調ではあったと言えるだろう。

学校の作文では統一せよと教わるし、フォーマルな文章ではそうすべきだ。けれど、ブログ記事など比較的フランクな文章では、であるだかですますかなんてのは表現技法の一つで、両方を織り交ぜて使っても問題ない。口調の突然の変化は、ニュアンスを表現する有効な手法だ。特にですます調は改まりすぎるきらいあるから、自分は好んでその手法をよく使う。

一方、であるだ調はキツくなりすぎるきらいがある。注意しないといけないだろうな。特にネガティブなことを書くとき、思っている以上に攻撃的なニュアンスにならないか、それは気をつけたい。反対の意見を持つ人に気を使って自分の意見を曲げる気はないけれど、それにしたって、必要以上に気分を害させたくはないものな。

無駄にグタグタと長々しくなってしまったが(私の直す気のない悪癖である)、そういう次第なので、今後はであるだ調で記事を書くが、まぁ生暖かく見守ってもらえればと思う。

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