男だってマッチョやだよ

メルカリってほんとすごいよね。いや、個人的には使ってないんだけど。まぁでもシステムとサービスはやっぱりすごいなって。転職の時に受けてみたけど余裕で落ちた思い出。でもメルカリは数少ない国産ITの雄だし頑張ってほしい。

そんな雄のメルカリの山田氏のインタビュー記事が上がっていた。

「男性中心の会社のままでは絶対に成長が止まる」メルカリ創業者が抱いた危機感の正体 多様な顧客をつかむ不可欠な要素 | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)

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10人の加害者の未来という欺瞞

見た瞬間お腹の中で何かが煮えたぎるような、まさに「腸が煮えくり返る」感覚を味わったのは久しぶりで、それというのもTwitterで1人の被害者の未来より10人の加害者の未来のほうが大事とかいう、わけのわからない言葉が流れてきたからだ。なんのこっちゃと調べてみて驚いた。

被害者より加害者10人の未来…中2女子死亡に学校が|テレ朝news-テレビ朝日のニュースサイト

教頭(手記から):「10人の加害者の未来と、1人の被害者の未来、どっちが大切ですか。1人のために10人の未来をつぶしていいんですか」

ええぇ……。

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誰に聞けばいいのかわかる時点で、もうだいたいわかってる

ツイッターで、初心者が初心者同士で教えあっていて、聞くべき人がいるのに聞かず、いつまでたってもレベルが低いままだ、というような嘆きみたいなツイートが回ってきた。

これはまぁ一面の真理ではあって、確かにわかっていない人間がいくら集まってもわからないものはわからないし、それどころか場当たり的な解決策を誰かが見出してそれが広まってしまう、というようなことも現実にはよくあり、それはわかっているベテランからすると地獄みたいな光景で、なんで一言聞きに来ないんだ、と思ってしまうのも無理からぬことである。

だがこれは、「合理」が積み重なった末の「必然」である。なるべくして、そうなっている。

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能力の高さに無自覚な人の作るものは、複雑になりがち

能力の高い人というのはいる。普通ならば中々理解できない複雑な概念をさらっと理解して、自分のものにしてしまえるような人だ。そんな人が技術者になれば、複雑な要求・要件を考えられるし、それを実現するシステム設計もできる。

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原価厨にも二種類

原価厨という言葉がある。何かに付けて、原価を理由に高すぎると文句を言う人たちだ。典型的なものとして、レストランの料理に対して材料費はoo円なのにxx円も取るのは高い、などがある。つまり、間接的な経費、その中でも特に人件費というものをまったく考慮していない、あるいはできない人である。

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Google先生に見捨てられた個人ブログがこの先生きのこるには

今どきブログをやっている人もすっかり珍しくなってしまった。まぁそれはそうで、かつてと違って今からブログを始めるのは非常に厳しい。このブログを始めたのは2012年、別のブログは2016年に始めた。今にして思うと、個人がブログをしてそこそこの集客をできる最後の時期だったのかもしれない、と最近思う。

今は違う。個人ブログは、もはや検索で引っかからない。まったく引っかからないわけではないんだが、あらゆる企業やアフィリエイターの作った、しょうもないサイト(失礼!)に押しのけられている。

(もし今からブログを始めようという人がいるなら、技術系ならQiita、それ以外ならnoteに投稿するのが実質的。実は最近、僕もnoteを始めた。悪くないプラットフォームだと思う。この記事の趣旨ではないので、これ以上は言及しない)

時代は変わった。ブログ文化は検索エンジンと共に成長したが、今や検索エンジンは個人ブログを必要としてない。であれば、個人ブログも変わらないといけない。

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ルールは必ず破られるし、意味のない(と思われた)ルールは無視される

小池都知事の強権的な言動が強まる今日この頃、それでも「そもそも言いつけを守らない人がいるからこんなことになるんだ」という人がいるようだ。僕はこれを、無意味どころか、危険な考え方だと思う。

ルールは守られて始めて価値を持つ。守られないルールなど、無価値どころか有害である。ルールが守られない時は、その理由を突き止め、対応しなくてはならない。で、「ルールをもっと厳しくする」は基本的に悪手である。これでうまくいった例を僕は知らない。

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自由を守るとは、嫌いなものを守ることだと痛感した一年だった

歴史は繰り返す。知識として知っている、というだけでは何の意味もないことなのだなぁと、「お酒抜きで営業しています!」と健気な張り紙をした、がら空きの居酒屋を見て、僕はため息をついた。いったい何の意味があって、こんなことをするのだろう。

振り返ってみれば、パチンコ店が契機だった。僕はパチンコは嫌いだし、この世からなくなればいいと思っている。そういう人は多分多い。でも僕らは、あの時パチンコ店を守らなきゃいけなかったんだと、いまにしてつくづく思う。

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FFの絵を見たくてファンタジーアート展に行ったら、60万の絵を売らんとする営業トークのみだれうちを受けた

ゲームをしていると、とんでもなく無駄な時間を過ごしているのではないかという罪悪感に押しつぶされそうになる僕も、心の底からゲームを楽しんでいた時期はあった。もう20年ばかり前になるだろうか。

いつも遅刻ギリギリに登校する寝坊助の癖に、休日に早起きまでしてゲームをしていたあの頃の情熱を、もはや思い出せない。ただ行為として朧気ながら記憶に留めているだけだ。今の僕は、休日になったら資格の勉強をしたりAWSのオンライントレーニングを受けたりプライベートプロジェクトの開発したりするのに忙しいので、とてもゲームなぞする暇はない。ブログは書くけど。

そんな在りし日の僕が夢中になっていたゲームの一つが、FFことファイナルファンタジーだ。FFは僕にとってかけがえのない青春の思い出なのである。だから、初期のFFで原画を描いていた天野喜孝の「ファンタジーアート展」が近くで開催されると知った時、ひどく懐かしい気分になって、是非見たいと、休日にいそいそと会場に赴いた。

結果、60万の絵をめっちゃ営業された。営業トークの実地体験ができて勉強になりました。

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