原価厨にも二種類

原価厨という言葉がある。何かに付けて、原価を理由に高すぎると文句を言う人たちだ。典型的なものとして、レストランの料理に対して材料費はoo円なのにxx円も取るのは高い、などがある。つまり、間接的な経費、その中でも特に人件費というものをまったく考慮していない、あるいはできない人である。

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Google先生に見捨てられた個人ブログがこの先生きのこるには

今どきブログをやっている人もすっかり珍しくなってしまった。まぁそれはそうで、かつてと違って今からブログを始めるのは非常に厳しい。このブログを始めたのは2012年、別のブログは2016年に始めた。今にして思うと、個人がブログをしてそこそこの集客をできる最後の時期だったのかもしれない、と最近思う。

今は違う。個人ブログは、もはや検索で引っかからない。まったく引っかからないわけではないんだが、あらゆる企業やアフィリエイターの作った、しょうもないサイト(失礼!)に押しのけられている。

(もし今からブログを始めようという人がいるなら、技術系ならQiita、それ以外ならnoteに投稿するのが実質的。実は最近、僕もnoteを始めた。悪くないプラットフォームだと思う。この記事の趣旨ではないので、これ以上は言及しない)

時代は変わった。ブログ文化は検索エンジンと共に成長したが、今や検索エンジンは個人ブログを必要としてない。であれば、個人ブログも変わらないといけない。

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ルールは必ず破られるし、意味のない(と思われた)ルールは無視される

小池都知事の強権的な言動が強まる今日この頃、それでも「そもそも言いつけを守らない人がいるからこんなことになるんだ」という人がいるようだ。僕はこれを、無意味どころか、危険な考え方だと思う。

ルールは守られて始めて価値を持つ。守られないルールなど、無価値どころか有害である。ルールが守られない時は、その理由を突き止め、対応しなくてはならない。で、「ルールをもっと厳しくする」は基本的に悪手である。これでうまくいった例を僕は知らない。

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自由を守るとは、嫌いなものを守ることだと痛感した一年だった

歴史は繰り返す。知識として知っている、というだけでは何の意味もないことなのだなぁと、「お酒抜きで営業しています!」と健気な張り紙をした、がら空きの居酒屋を見て、僕はため息をついた。いったい何の意味があって、こんなことをするのだろう。

振り返ってみれば、パチンコ店が契機だった。僕はパチンコは嫌いだし、この世からなくなればいいと思っている。そういう人は多分多い。でも僕らは、あの時パチンコ店を守らなきゃいけなかったんだと、いまにしてつくづく思う。

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FFの絵を見たくてファンタジーアート展に行ったら、60万の絵を売らんとする営業トークのみだれうちを受けた

ゲームをしていると、とんでもなく無駄な時間を過ごしているのではないかという罪悪感に押しつぶされそうになる僕も、心の底からゲームを楽しんでいた時期はあった。もう20年ばかり前になるだろうか。

いつも遅刻ギリギリに登校する寝坊助の癖に、休日に早起きまでしてゲームをしていたあの頃の情熱を、もはや思い出せない。ただ行為として朧気ながら記憶に留めているだけだ。今の僕は、休日になったら資格の勉強をしたりAWSのオンライントレーニングを受けたりプライベートプロジェクトの開発したりするのに忙しいので、とてもゲームなぞする暇はない。ブログは書くけど。

そんな在りし日の僕が夢中になっていたゲームの一つが、FFことファイナルファンタジーだ。FFは僕にとってかけがえのない青春の思い出なのである。だから、初期のFFで原画を描いていた天野喜孝の「ファンタジーアート展」が近くで開催されると知った時、ひどく懐かしい気分になって、是非見たいと、休日にいそいそと会場に赴いた。

結果、60万の絵をめっちゃ営業された。営業トークの実地体験ができて勉強になりました。

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「平等に貧しくなろう」は一つの考え方と思う一方それはそれとしてめっちゃ腹立つのはなぜか

思わず舌打ちしてしまった。

Twitterでちょっと前に軽く炎上していた、上野千鶴子氏「平等に貧しくなろう」の提言について、誰かが「人を苛つかせる天才」というような評をしていたが、自分もそうだと思う。なにせ苛つかせられたので 笑。

炎上の発端がどこなのかはわからないが、高村武義 #WalkAwayさんはTwitterを使っています 「若者に平等に貧しくなれといってる上野千鶴子は、外車を乗り回してる団塊金持ちだということは、もっと知られるべき。自分は高度成長期の繁栄を享受しておきながら、下の世代には繁栄を与えず、裕福な自分の生活は手放さない。その上で、上から目線で貧困になれと平然と言う。吐き気を催す邪悪だ。 https://t.co/beLNJaeq3A」 / Twitter かな。

元ネタは若干前(「「平等に貧しくなろう」という上野千鶴子氏の意見が正し過ぎる件について。 (1/2)を見ると4年ほど前の中日新聞か)のようだが、問題自体は今も抱えている、というより当時よりも差し迫った状況にあるので、これからも定期的に燃え上がるのではないかと思われる(参考「「平等に貧しくなろう」の上野千鶴子氏、タワマン生活で炎上。背景に団塊への怨嗟か | マネーボイス」)。

結論を先に言うと、上野氏がムカつくのは本能😂

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2021年もよろしくお願いします

さすがにもうあけましておめでたくもない時期になってしまいましたが、いまさらながら新年のご挨拶です。

なぜこんなにも遅くなってしまったかというと、年末年始はしんどくてとてもブログ記事を書ける体調ではなかったからです。しょっちゅう体の不調を訴えているような気がしますが、最近特に酷いような気がします。

自分の身体との付き合い方も、本格的に考えないといけない年頃なのだと思います。

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Big Techによるトランプ追放運動は、やがてBig Techの規制に繋がるのかもしれない

トランプ追放運動というのは大袈裟かもしれないが、まぁそのように捉えてよいのではないだろうか。ホワイトハウスでの暴動事件に端を発した、Twitterによるトランプ大統領のアカウント凍結からの、さらにその過激な支持者御用達のプラットフォームであるParkerが、Google PlayストアとAppleストアから削除され、Web版さえAmazonのホスティングサービスから利用を停止された。Facebook(とついでにInstagram)もアカウントを停止しており、いわゆるGAFAが揃ってトランプ大統領とその支持者を自身のプラットフォームから弾き出した格好である。

個人的には民間企業に過ぎない彼らにその権利はあると思うが(とはいえプラットフォームには公共性があるとする判断もあるらしいので、法的にはもっと考えることがあるのだろう)、しかし今回のケースは、その力が巨大になりすぎないように法的な規制を加える論理的根拠になるかもしれない、とも思った。

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日本学術会議の問題はいつもの猿山の縄張り争いに見えるので関心が持てない

僕はテレビを持っていないので、市井の人の関心については主にTwitterでその温度感を測っている。まぁ僕のTwitterでフォローしている人もたいがい偏っているので、世情の関心からは離れているだろうとは思うのだが、それでも僕が普段取っているRSSフィードの情報よりは幾分マシだろう。

で、時々流れてくるのが主に大学や科学畑の人がつぶやく日本学術会議の問題で、これについては僕は色々思うところがあるものの、総じてどうでもいいという風に感じられる。何故かと言えば、僕にはそれが猿山の縄張り争いに見えるからだ。そしてそれは、まったくもって代わり映えしない、我が国の日常だからだ。

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