「仕事をする」ということの体得

僕はリーマンショック世代なので、「就職氷河期」という言葉を聞くとつい反応してしまうし、それに関連する話題はついつい見てしまう。

なので、YouTubeでこの動画を見かけた時にも、ついつい見てしまった。

短い動画であり、知っている内容ではあるのだが、それにしてもやはり思うことはある。

リーマンショック世代なので

僕は世代としてはリーマンショック世代にあたる。まぁ僕は特殊経歴故に、就活していないのだが、ただそういう特殊な道を選んだことには当時氷河期が再来していたことも遠因の一つではあった。また同期や先輩たちは明らかに例年よりも苦戦を強いられており、どう考えてもリーマンショックは自分たちのせいではないのに、と理不尽な思いをしたものだ。

この就活時の経験は、「自分にはどうにもならないことはある」ということを強く僕に思わせたし、また僕が社会という構造そのものに目を向けるきっかけの一つであったかもしれない。

とはいえ、リーマンショック世代はバブル崩壊後の第一次就職氷河期世代に比べれば断然マシだったと思う。それは何故かというと、就活そのものの厳しさよりも、世間からの理解だ。就活が厳しいということに対して、一定数の理解者がいた。

先輩たちはそれもなく、バブル崩壊させた上の世代の尻拭いなのに、なぜか崩壊させた当事者たちから自己責任扱いされて、理解も得られなかったのだと思うと、なんともやりきれない気持ちになる。

その意味で、今回の新型コロナ世代は、確かに例年より厳しい戦いにはなるかもしれないけれど、少なくとも僕らよりは随分とマシなんじゃなかろうか。有効求人倍率を見ても、リーマンショックなどと比べたら遥かに良い。

国内統計:有効求人倍率|新型コロナが雇用・就業・失業に与える影響(新型コロナウイルス感染症関連情報)|労働政策研究・研修機構(JILPT)

なにより、コロナだからね……就職氷河期ってあるんだよね……って、みんなわかっている。理解があるだけで、人は救われるものだ。現実が変わらなかったとしてもね。でも、生きてさえいれば、人は頑張ることができる。

新卒でリモートワークの罠

新型コロナ世代は、むしろ入社した後について注意する必要があると思う。

昨今の情勢はIT企業にとってはむしろ追い風の側面もあり、採用についてもバンバンやっているから、IT系に進んだ者も多いと思うが、IT系はだいたいリモートワークになっている。というかリモートワークになっていないIT系はまぁそれだけでちょっとまずいなと思ったほうがいいくらいだ。

で、新卒でもリモートワーク……ということが多いと思うのだが、これは例年であれば新卒が得られたであろう暗黙知を、得られないまま若手、やがては中堅として扱われるようになる、ということを意味している

冒頭の動画で言えば、一年目の子はビール飲みながら「自宅でネット研修受けてるだけだしまったくたいへんじゃない」なんて言っており、恐らく仕事も最初からリモートが多くなるのだろうが、それは苦労の先送りであり、借金に過ぎないと、いつか知ることになるだろう。

出社を侮るなかれ。F2Fを侮るなかれ。アナログを侮るなかれ。TCPで伝達できないものはある。それらは暗黙知と呼ばれ、言語化できないものだ。なので伝えるのが非常に難しいのだが……。

「やる」ということ

頑張ってニュアンスを伝えるならば、人との交渉や仕事の進め方などの対人コミュニケーション、つまり人との距離の測り方があるだろうか。が、それも大事だが、一番自分が思うのは、「やりきる」ということである。これは実際に先輩や取引先と相対し、緊張感を持ってなにかのタスクをこなすことで体得できる。xxを探してきてくれ、という「お使い」レベルのことでもよい。そういう細々としたタスクを「やりきる」ことの積み重ねで、「やる」の意味がわかるのだと思う。モノを探せと言われたら、そこにある無数のダンボールすべてをひっくり返しなんならそこにないところまで馳せ参じ、時には誰かに聞いて、徹底的に探すのである。

もっとも、これは自発的に動いて学べるものでもある。だいたい僕は前述したように特殊な経歴で、僕自身は新卒期間などあってないようなものだった(とはいえ今にして思うと、だいぶ配慮してくれていたんだなーってわかるんだけどね)。僕だけではなく、教育リソースのないベンチャーなどに最初から突っ込んだものは、僕と同じような環境に置かれる。まぁでもそういう人種は、誰に言われるでもなく、自分で学びとろうとするものだ。

ただ、何も皆が皆そんなハードモードで、生き残ったやつだけが仕事をできるみたいな環境にいる必要はない。もっとまともな環境の中で学ぶことも当然可能だ。そして、多くの企業でそれを学ぶ最初の期間が、若手、特に新卒一年目の期間である。新卒一括採用で、新卒を育てるというカルチャーをもった我が国ならではのやり方といえよう。

なので新卒というのは、多少やらかしても大目に見てもらえるし、また周囲も積極的に教えてくれる、ボーナス期間のようなものである。その貴重な一年、なんなら二年を、リモートワークで過ごしたのが、このコロナ世代と言える。恐らく今全国で、無能な先輩が量産されているのではないだろうか……。

現実はただそこにある

人間というのはちっぽけなものだと思う。自分ができることなど世界の大きさの前では塵芥も同然だ。人の世に生きる我々の境遇も、自分の力で得られるものなど大したものではない。

つまり、幸運が必ずしも自分の功績ではないように、不運もまた自己責任とは言い難い。ある世代の不運を自己責任と呼んではいけないと思う。それは社会の問題なのだ。

だが、当人にとって、そんなことはどうでもよい。いや、どうでもよくはないかもしれないのだが、考えても仕方がない。

責任の所在が自分だろうと他人だろうと、社会だろうと、目の前の現実は変わらない。現実は良いとか悪いではない。ただそこにある。その現実の中で、まず自分が生き残ることを考えて動いていかねばならない。

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