なんか稼ぐにはどうしたらいいんかなと、今まで何が金になったか、あるいは数少ない金持ってる人らが何してたか、思い出していた。まぁ僕が見たことある範囲は多分金持ちの中では小物という扱いなんだろうなぁと思うが、それでも僕が人生を何度も繰り返して持てないだろう総資産があったとは察せられた。
別にそうなりたいとは思わないが、しかし金を稼ぐとはきっとそういうことなのだろうし、では何をしたら良いのだろうか、と考えた末、以下の4つに集約された。
- 金転がし
- レントシーキング
- エンタメ
- 詐欺
これらは配合可能だ。というより、配合されている。100%詐欺はただの詐欺。定義上からも合法では存在しない。
そして末端までいくと、多くの人が実はこれらの末端にいる。僕もそうだ。末端過ぎて稼げない☺️
金転がし
言わずもがなだが、金を動かして金を得ること。金融業はもちろん全部そうだし、庶民にとってはNISAもそう。ポケットを叩いたらビスケットが元の大きさのまま2つ、いつまでたってもなくならない。叩いても叩いてもなくならない魔法の資産、金。何故ならば現代の金たる紙幣は刷れるから。
真面目な話そうなっていて、教科書でも習った1971年のニクソン・ショック、ブレトンウッズ体制の終焉とはつまりそういうことだ。それまではドルの裏付けとしてゴールドがあり、ドルは保証されたゴールドに交換できるという名目であったが、それがなくなった。
なのでドルを保証するのはトランプであり俺たちなのであって、ポケットを叩けばビスケットの夢無限大、というわけで、無限大の夢を実現する金融業最強伝説になって久しい。そりゃモノつくるより金を刷るほうが楽だろう。
だからといって本当に刷りまくったらどうなるかはジンバブエを見よなのであるが、実際のところ限界がどこにあるかはわからないため、現在国家の命運をかけてチキンレースを敢行中だ。その筆頭がアメリカ合衆国であり侍ジャパンである。武士道とは死ぬことと見つけたり。
とはいえ投資は、現代人にとっても今なお身近な博打であり成り上がれるチャンスであることは事実。特筆すべきはその参入障壁の小ささだ。株は証券会社の口座を作れば金融商品がいくらでも買える、FXなんか秒単位で24時間取引仕放題、仮想通貨はAPIまで開放されてプログラムも仕放題。庶民の億り人はほとんどの場合金転がしでなされる。
常に転がっているものの、昔よりも隠れた当たりを引くような芸当はやりづらい。みんな大好きウォーレン・バフェットも今からだったらバリュー投資とは別の投資哲学に至ってそう。博打度上がっているよね。
最初の種銭を用意するところだけはどうにもならない。そこが一番たいへん。
レントシーキング
代表的なものは公金チューチュー。ただここではその本質をもう少し深ぼって対象を広げている。
特権的な地位や制度で存続しており、かつそれに体裁ではない社会的な合意や本質的意義があるか?という点で考える。こうすると、実はかなり多くの事業が片足(なんなら両足、両肩、頭まで)突っ込んでいることがわかる。
たとえば医療という枠組みは確かに社会的な生存のインフラであり明らかに重要だ。ではよく言われる「そんなに悪いわけじゃないけど1割負担だから受診しまくる老人に湿布を配りまくる医者」はどうだろうか。これは大きな顰蹙を買っており、反サロンパス運動(通称反サロ)まであるが、なかなか変わる気配がない。
一応、政治的イシューとして認識はされている。どこぞのみらい志向を謳う2010年代の亡霊みたいな集団が3割負担を掲げて選挙を戦っていたことは記憶に新しい。彼らは見たところ負担をあげることばかり言っていたが、存外健闘した。それは、社会保険の問題を重視する層に刺さった面もあるだろう。
また、去年話題になった令和の米騒動。農業は農地法をはじめとした規制が厳しく、新規参入が難しい業界であることは周知の事実だ。その癖予算はしっかり割かれており、多額の補助金が毎年投入されている。農業に限らず膨れ上がった補助金を狙った事業はもはや一大ビジネスになっている。しかし、それは果たして純粋に生産的といえるものかどうか。
完全に民間に見えるものでも、業界内の特権的地位や、デファクトスタンダードなどを利用して、実際的なみかじめ料が発生しているものも、本質的にレントシーキングの側面がかなり強くなる。これはもうわざわざ例をあげるまでもなく思い浮かぶだろう。とはいえ法的な強制性があるとも言えず、体裁上はそれぞれの選択、ということになっている。たとえ実質的にそれしか選択肢がなかったとしても…。
このように、100%レントシーキングといえるものはあまりない。もともとは必要を親としていることが多いからだろう。医療自体は重要だが、そこから派生するものがすべて重要とは限らない、そういう構造だ。
で、50%くらいはレントじゃないのとか、いやもうこれ80%くらいそうだろ、みたいなのは世の中よくある。ただしこれは認めるのが苦しい。しばしば自分もその末端にいるからだ。自分のやっていることが無自覚なレントシーキングだったと思うことは苦しい。特にそこにキャリアを注ぎ込んできたならば。レントシーキングのもっとも悪辣な一面は、善意の市民を巻き込むことだろう。僕はこの構造を憎む。この構造を生んだ者たちを憎悪する。
虚心坦懐に考えて、その事業、なんなら業界、制度が、規制と補助金によって成り立っており、しかもそれが実質的な価値をうんでいないのではないか、と信じられるならば、それはレントシーキングと断じて良い。認めるのははやいほうが少しでもマシだ。
エンタメ
ガチャは悪い文明!粉砕する!!
https://www.fate-go.jp/manga_fgo2/comic23.html
「悪い文明」としてネットミームにもなったガチャは、早期から問題視されていたものの、特に粉砕されることも隆盛を極めた。
別にこれに限らないが、1人に青天井の負担を期待することは狂気である。一人の人生の選択としてならば狂気もたまにはあるかもしれないが、ビジネスモデルとして狂気を期待するのはそれこそ狂気としか言えない。その狂気が現実になった狂気の2010年代であった。
そのままというわけにはいかなかったのか、今は「天井」と呼ばれるものが設けられているゲームが大半だ。一時期話題を呼んだ「コンプガチャ」はいくらなんでもやりすぎだということなのか、規制をくらっていたよね。行政や世間の目とのせめぎ合いの終着点が天井なのかもしれない。ただ天井もゲームによるが普通に数万円レベルなのでやはり異常は異常。
社会に出た頃にソシャゲが流行り始めた生き証人として言うことは、これの開発する会社に入るような層の間でソシャゲは公然とバカにされていた、ということだ。あれはプレイさせるものであって、プレイするものではない、という感じであった。実際、2010年代半ばくらいまで、僕は周囲でソシャゲをやっている人を見たことがなかった。あれすごい稼いでるらしいけどどこにプレイヤーがいるの?と思っていた。
それを初めて見たのが、工場だった。一つのコミュニケーションとして、ソシャゲがあった。ただ、あまり課金までしている人は見なかったかな。その後も、初めて課金している人を見たのは別所だが、あまり経済的に余裕がなさそうな人であったことが印象的だった。金の使い道に困っている金持ちの道楽というより、庶民のなけなしの金を搾っている。
ここまでボロカスにいったが、当たり前だがエンタメのすべてが悪い文明ではない。任天堂なんかは比較的真っ当に悪くない文明を続けようとしているかと思われるし(ファイアーエムブレムから目を逸らしつつ)、今なお真っ当にゲームやっているゲームもまたたくさんある。ゲームは人間の本能なんじゃないかと思う。
ゲーム以外にもあらゆる娯楽はエンタメだし、その流行に虚業の助けが必要であったとしても、今なお、エンタメはその本質を虚としながら実を動かせるパワーがあるジャンルだ、とも思う。
ただ稼いでいて目につくのが不思議と悪い文明ばかりなのはそうだろう。
詐欺
そうさ100%詐欺、もうやりきるしかないッ……!!ないんだッ……もう……!!ボロボロ
そんなものは純粋に刑事なので逮捕されてどうぞ。逮捕されないんです?そう、有力者ならね。
50%詐欺くらいなら普通人でも多少はね?
そんな感じで、これもレントシーキングと同じで、100%詐欺はあまりない。100%詐欺はただの犯罪なので。しかし、実質的に詐欺でしょこんなの、と言いたくなるものは世の中たくさんある。残クレなんとかワンルーム2年縛り一日コーヒー一杯いい加減にせぇよ。ここまであげてきた例も、だいたい詐欺が配合されている。
このように、詐欺は他の金転がし・レントシーキング・エンタメとの合わせ技として使われる…というより、事業や仕事が闇落ちするとき、詐欺が配合されるのだろう。誠実じゃないんだな。たとえ体裁をどう取り繕っても、人の役に立つことではなく、人から奪うこと、それも社会的に非難されない…なんなら尊敬されるように(それは社会的利益だから)、人から経済資本を奪う方法を考えている。
うまくいったものは、だいたいレントシーキングとの組み合わせになると思う。金も名誉も得られるぜ。
しかし最近は奪えるものが枯渇してきており、ついにアテンションの奪い合いになった末期状態である。
他にはないのか
以上4つが現代社会で金を稼ぐ方法だと思った。
なんだか身も蓋もないのだけれど、実際問題、今から個人が実で身を立てることって可能なんだろうか。正直道筋が見えない。誰も見いだせないから、社会的にも閉塞感が強いのではないか。
もちろんまったくないはずはなくて、こういうツイートを見るとすごいと思うし本質だとも思った。
今からナイジェリアに行く元気はないものの、実のところ日本でも本当は基本的なモノが不足しているのではないか、と思う。食に関しては惣菜パンや菓子パンとかいう炭水化物と脂質のサプリメントによって、貧困者こそ太っているという話があり、風呂キャンセル、極狭物件、車離れなど、綺麗な言葉でトレンドであるかのように言っているが実のところ衣食住レベルから不足してるだけじゃね?という問題が多い。
そうであるにも関わらず、それらは需要がないということになっており、その割に上記にあげたものばかりが持て囃される昨今である。結局は方向性の問題だ。
これは私見になるが、今をときめくAIも、技術自体の有用性はあるにせよ、正直金を大きく稼ぐという面では金転がしと詐欺になっていると思う。これを頑張って、クラウドやかつてのSaaSのように、レントシーキングと詐欺くらいに持っていこうとしている。金転がしはあからさまに虚業だからなのか、あるいは尊敬されないからなのか、あんまり終着点としては好まれない印象だ。というより、レントシーキングが詐欺の最終形態なんだろう。
一方で、僕は金転がしをこの中では一番評価していたりする。人生とは博打であり、その意味で本質的とすら思う。実際的にも、参入障壁がもっとも小さく、そして自分の力をそのまま試せる。詐欺に乗っかることはあっても、頼る要素は少ない。そのほかのものは、権力やポジション、または運に頼る面が大きいし、なにより詐欺の配合率が高くなる。
いずれにせよ、突き詰めると何かを生み出しているわけではないので、みんなで躍起になってこんなことばかりしていれば、名目上の数字ばかりが積み上がる一方で、人々の暮らしが貧しくなっていくのは残当。大元が詐欺的であるために、触媒的な職業(技術や広報など)まで稼げるものはその気がなくても漏れなく詐欺的に。
現状この流れが変わる様子はなく、このままいくと崩壊する未来しか見えない。それがいつかはわからないが、存外近いのではないかと思え、世間から見たら阿呆者でも自分なりに準備するしかないと思っている。真面目なことをやりたい。実のある仕事ではもはや稼ぐのが難しい時代、その崩壊はむしろ良いことかもしれない。その過程がどれだけ凄惨であったとしても…。
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