M2 Mac miniは結局ポチらず、なぜかWindows PCをまた触り始めているが、まぁでもMacなんだよなぁ

発売されて2週間が経過するが、結局その後Mac miniをポチっていない。発売2週間前くらいの時が自分の中で一番盛り上がっていて、発売される頃には既に熱が冷めていた感じだ。

今のIntel Mac mini 2018よりもよく働いてくれることは想像に易いが、そうはいっても25万円かけて今リプレースするほどでもないか、というお気持ちである。というか、25万あったらゲーミングPC買えるなとか思い始めたのであった。

その流れで、GTX 1080Ti(VRAM 11GB!)を搭載したWindows PCを現在再稼働しており、最近無駄にSSD 2TBを増設した。たまにWindows PCをいじっていると、PCそのものをいじるガチャガチャ感が感じられて楽しい。Macはこういう楽しさはないよなと思う。ただなんとも言えない使い心地の良さがあって、そのためにふだん使いはもう13年ほどずっとMacであり続けている。

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Windowsは楽し

Windowsも悪くない。WSL2が十分実用的な域に達していることが大きい。そりゃまぁターミナルの操作感でいえばUNIXであるMacやネイティブのLinuxのほうに軍配があがるものの、Windowsしか対応していないソフトやドライバは実際問題多く存在する。PCの選択肢もたくさんある。

確かにゴチャゴチャしているしガチャガチャしている感はあるのだが、それも何かPCをいじっているんだなぁと思わせる楽しさだとも感じられる。実際、最近2TBのSSDを増設した。SATAとはいえCrucialの2TB SSDが14,100円はリーズナブルだったと思う。まぁ増設もなぜだか一部HDのスロットが認識しないなどあり色々と試行錯誤はあったものの、動いたので結果オーライだ。

久しぶりにいじるとWindows PCにはMacにはない楽しさがあるなと実感する。Macは熟れているものの、PCをいじっている楽しさみたいなものはあまりない。拡張性もほとんどなく、今やストレージやメモリすらも購入時にゲロほど高いカスタマイズ以外の選択肢がなくなってしまった。

Macは高し

M2 Mac miniの512GBストレージを2TBにする場合、84,000円ほど追加の費用がかかる。下位モデルでは256GBから512GBへのアップグレードに28,000円とっているのを見ると、Apple的に2TB SSDは13-14万くらいの代物とみて良さそうだ。

もちろんMacに搭載されているストレージの速度性能はぶっ飛んでいるので単純な比較はアンフェアかもしれない。だが思い出してほしいのだが、ストレージとは「貯蔵」という意味である。そのもっとも重要な機能はどれだけ保存できるか、つまり容量だ。速度に過度な比重を置いてストレージを比較することこそ奇妙な話である。

もちろん速度も重要ではあるが、単なる画像データや音楽データの置き場に3GB/sのインタフェースはどう考えても不要であり、今なおHDですら事足りることは多い(さすがにHDとなると音の問題もあるが)。ゲームのロードなどはもう少し速度がほしいが、それでもSATA SSDで体感的に十分だ。ストレージにおいては、感じられない速度の向上よりも容量あたり価格の割安さのほうが、全体的なUXの向上に寄与する。

つまり、無駄に高性能で高価なストレージのみを選択肢にして売りつけるのはAppleのビジネス上の戦略であって、ユーザ体験のためではない

まぁそれでもストレージは安くなった外付けSSDという逃げ道がデスクトップならば存在するものの、メモリはそうもいかない。メモリは最初に必要な容量を選ぶ必要がある。

Mac mini 2014の無意味なソルダリングと違って(当時はMac暗黒期だった。Mac mini 2018発売前の愚痴記事→「ここ最近のMacの愚痴 – 或る阿呆の記」)、今のユニファイドメモリには技術的な意味があるために多少納得感はあるが、それにしても16GBから32GBのアップグレードで+56,000円は二の足を踏む。下位モデルにおける8GBから16GBへのアップグレードが+28,000円であるとことを考えると、メモリについても32GBメモリで11万ほどというのがAppleの提示する相場なのだろう。今はDDR4でDIMMならば8GB4枚組32GBがその10分の1の価格で手に入る。2万払えば64GBだ。果たしてそれほどの価格差に見合うものかは、甚だ疑問である。

それでもMacは使いやすい

ということで、10年ほど前はハードウェア面でも優れていたMacだったが、今となっては同じ金を出すならば他に選択肢があるだろう、という状態だ。しかしそれでもなお、macOSというソフトウェアには優位性がある。割高なハードウェアは、macOSを動かすためのライセンス費用みたいなものという認識だ。さらに最近は、Appleの構築するエコシステムをPCで利用する参加費用も加わっている。そのために高騰している、というのが僕の見方だ。

それだけの価値はある。なんというかまぁ、使いやすいのである。Windowsデスクトップをガチャガチャ楽しんだ後にMac miniを動かすと、なんとも言えず落ち着く。

直接的には、トラックパッドの操作性と、UNIXのソフトウェア資産をベースに構築された体系の心地よさが大きいだろう。個人的にはEmacsキーバインドがデフォルトで使えるのもすごく嬉しい。このあたりの感覚は10年前から大筋の考えは変わっていない。以下は10年前の記事だ(このブログは10年以上続いている!)。

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この記事から10年、クラウド全盛の今TimeMachineは時の中に置き去りにされ、改悪を続けられた悪夢iTunesはついに死んだが、今なおMacから離れられていない。10年代中盤は暗黒期だったが、乗り越えられたのはSWの使いやすさ故だろう。上記の記事は今読んでなお納得感がある(ちなみに2018年前のMac系の記事は愚痴記事が多い)。

しかしこのトータルの使い心地の良さは、UNIXだのトラックパッドの操作性だのといった言葉だけでは説明がつかないとも思う。ましてEmacsキーバインドがポイントのはずはない。

では時折言われるようなフォントの美麗さ故なんだろうか。まぁ綺麗ではある。それは思う。確かに昔は感動した。Automatorなんかも使ってみれば便利だ。だがそのために良いのかと言うと、そうではない気がする。わからない。AppleScriptも未だによくわからない。ただ、とにかくトータルで使いやすい。

ただしFinderは永遠に使いづらい。お前だけはダメだ。実はMSの刺客なんだろう?そのアイコンは富士通に外注して作ったのか?まぁファイラは別のものを使えばいい。それくらいの自由さはある。

ソフトウェアの使い心地と相まって、筐体の良さもある。Macノートのアルミニウムボディは今なお素晴らしいし、デスクトップではその静音性と省スペースさも見逃せない。

そして、Macは揃えるとさらにユーザ体験が向上する。ユニバーサルコントロールは便利だし、iOSとの連携も細かく素晴らしい。そしてこの細かさは、同一の会社がHWから揃えているからこそできることなのだろう。

メインはMacなんだろう、多分

25万という現実を前に、少し頭が冷えて他のゲーミングPCなど物色しつつWindows PCを動かし始めた今日このごろ。久しぶりに電源ユニットまで購入してしまい、また自作PCでもやろうかという気にもなっている。たまにやるとPCいじりは楽しい。ただまぁ、あくまで趣味である。

普段はやっぱりMacを使っている。Mac暗黒期を経て得られた光明Intel Mac mini 2018を当分は使い続けるかもしれないし、どこかでふと思い立ってM2 Mac miniをポチるかもしれないし、半導体の微細化が進むであろうM3を待つかもしれない。ただいずれにしても、これからもメインはMacなんだろうな、とは思う。そうであってほしい、と言うべきかもしれない。

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