東京通信工業(現ソニー)の設立趣意書を読む

ビジョナリー・カンパニーで取り上げられた唯一のアメリカ以外の企業である、俺たちのソニーこと東京通信工業の設立趣意書を読んだ。設立趣意書はビジョナリー・カンパニーで盛んに取り上げられる「企業理念」に相当するもののはずで、そこには学ぶべきところも多かろうと思えたし、また純粋に興味もあった。まぁビジョナリー・カンパニーが書かれたのは日本が30年失う前(選定は1989年)なので、もし今この本が書かれたらソニーは選ばれなかったような気もするが、しかしソニーが日本の誇るべき企業であることには変わりなく、先人の教えとして時間をかけて読む価値はあるように思われた。

ソニーグループポータル | 設立趣意書

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赤裸々な読み物

まず、これはもう読み物だな、と思った。組織の理念はだいたいどこのサイトにもあるものだが、おしなべてクソつまらなく、読んだことさえ2秒で忘れる但し書きレベルの代物だし、それは今のソニーもそうだ(ソニー株式会社 | ミッション / ビジョン)。まぁ今のCEOも色々な制約がなければもうちょっとまともに中身と言えるメッセージもあるのだろうけれど、しかしこの設立趣意書に相当するほどのものが書けるかは甚だ怪しいものだと思う。

面白かったのは、この設立趣意書は読んでいて「赤裸々」と感じられたことだ。いったいこの2024年に、「赤裸々」に耐えられる経営者がどれほどいるだろうか。僕は少し興味が沸いていくつかの企業の経営理念やら創業者の挨拶やらなんやらを見て回っているのだが、それなりに長大なものはあるけれど、「赤裸々」と感じるものは珍しい。ただ創業者の言葉は比較的赤裸々なものもあるように見受けられた。赤裸々と感じられるのは、別に良くも悪くもない、個人的な想いや出来事を書いていることにあるだろう。これは創業者にしか書けないことなのかもしれない。

また、その「赤裸々」に時空間的なスケールを感じさせることも興味深いことだった。日本の歴史、国家、世界の中の立ち位置、そしてこれからに馳せた想いが、文語で記述されているところに、赤裸々でありながらも格式を感じさせた。それもいたずらに雄大なのではなく、あくまで地に足のついた赤裸々な想いをベースにしており、また極めて具体的なものの名称が駆使されているから、出鱈目を言っているわけではないこともわかる。また、遙か高みからあるべきご高説を語るのではなく、あくまで自分の居る場所から、自分、周囲、そして日本や世界に向けて言葉を述べているところにも好感を覚えた。

技術者重視

目的の第一として、何よりもまず技術者の技能を発揮させることを挙げているのは大きな特徴と言える。具体的には以下である。

真面目なる技術者の技能を、最高度に発揮せしむべき自由闊達にして愉快なる理想工場の建設

https://www.sony.com/ja/SonyInfo/CorporateInfo/History/prospectus.html

これはお客様第一のパナソニックとは明確に異なるところだ(もちろんそこに善し悪しはない。ただただ行動原理の違いである)。また、技術ではなく技術者であることも着目すべきことだろう。何か特定の技術への思い入れではなく、技術者への思いが創立の目的となっている。

優秀な技術者が技能を最高度に発揮する場所を提供することにより、最先端の技術を応用して高級製品を作り、またそれを人口に膾炙する。それが、ひいては日本社会の国際的な地位向上、文化的な発展に繋がるという見方と言えるだろうか。東京通信工業は市民というよりは社会に応えるものという印象だ。主に通信の分野で製品を作っていたことがわかるが、それは彼らが得意なことがそうであったことや、社会的な要請に応じたもので、通信でなくてはいけない、というわけではなかったのだろう。だからこそ、東京通信工業はソニーになることができた

数字の中にモノがあるのではなく、モノの先に数字がある

設立趣意書の後半は具体的な経営戦略の話になる。当たり前だが、「あー、なんかちゃんと企業やってる」と思ってしまった。いや、ベンチャーって、こういうところおざなりにしがちだと思うんだよ。そして技術部ではなくまず「サービス部」の話になるところも、事業をやっているんだなぁと思える。技術者がただやりたい技術やっているわけではなくて、むしろそれを実現するための戦略があるんだな。

でもその中身は非常に具体的だし、技術的な深い知見がなければ書けないものになっている。この手の経営戦略でよくあるのは、まず目標利益の話があって、その数字の中身としてこれこれこういう技術が~というパターンなのだけれど、この趣意書はそうではなくて、まず技術があり、その技術がいくらになるかという構成になっている。これは個人的にはとても好感を持った。こういう書き方は投資家受けはしないんだろうか?

参考ポイント

もしこの設立趣意書を参考にして、自分たちの企業理念の書き方に活かせるところがあるとすれば、実務的には以下のような点があると思う。

  • 創業者の個人的な経験に基づく信条を書く
  • 目的と方針についてはそれぞれ箇条書きでいくつかにまとめる
  • 数字は必要だが、数字を解説するのではなくモノやサービスの先にあるものとして書く

目的や方針の中身それ自体については、ビジョナリー・カンパニーでも言われていることだが、その中身が当世の社会的に望ましいことではなく、当人が「信奉できること」が重要である。実際、お客様第一のパナソニックの理念はソニーとは非常に大きく異なる(「パナソニックグループの経営基本方針 - パナソニック ホールディングス」)が、それは理念の優劣を示すものではない。

東京通信工業であってソニーではない

僕にしては珍しく礼賛に近い感じになったが、実際のところ本趣意書には非常に感心させられた。やはり大企業の創業者というのは違うものなのだろうか。

しかしながら、当たり前のことではあるけれど、これは東京通信工業であって、ソニーではないという風にも感じられたことも事実だ。目的や経営方針に書かれていることのほとんどは、転換したものと思える。特にソニーが金融で大きな成功を収めているのを見るにつけ、当初の経営方針であった「不当なる儲け主義を廃し、あくまで内容の充実、実質的な活動に重点を置き、いたずらに規模の大を追わず」はほぼなかったことになっているんだなぁとは思う。不当なる儲け主義という気はないんだが、しかしどう考えてもこの設立趣意書にはそぐわないだろう。

ビジョナリー・カンパニーを読むと「そうか理念が大事なんだな、ソニーも設立趣意書を作っているぞ」なんて思うわけだが(著書でもソニーを早い時期から理念を明文化した例としてあげられていた)、その設立趣意書に書かれている内容のほとんどが、少なくとも具体的な面ではまったく生きていないように見える。原点と言えば聞こえはいいが、本当にその本質は生きているのだろうか。現ソニーのWebサイトにある、まるでiPhoneの新機能を紹介するかのような「ソニー株式会社 | ミッション / ビジョン」を見ていると、疑わしく思えてしまう。

このページは、派手で綺麗ではあるが、中身はなにもない。時代と言えば時代なのかもしれないが、情報へのアクセス性やそのビジュアライズ手法は比較にならないほど向上した一方で、肝心の情報の質は下がる一方だ。良くなっているのは見栄えばかりだ。我々は24時間いつでも、豪華に彩られた空箱を見に行けるようになった。重要なことは空箱が豪華であることと、空箱に至る案内標識がしっかりしていて、その空箱が有名な場所にあることだ。今のソニーは、もはや豪華な空箱が置いてある有名な場所に過ぎないのだろうか?

正直僕はその答えを持たない。ただ、確かに字義的に見れば設立趣意書の内容は直接的にはもう見る影もないのだが、なんとなくの方向性自体はこの頃から変わっていないのかな、とも思う。少なくとも一点は、この設立趣意書で今もソニーの中に息づいている、というより息づいているべきものがある。

それは創立目的の最初にかかげられた「真面目なる技術者の技能を、最高度に発揮せしむべき自由闊達にして愉快なる理想工場の建設」だ。今のソニーならば技術者にクリエイターを含めるあるいは加えるだろうし、物理的な工場の建設にこだわらないだろうが、彼らの技能を最高度に発揮する自由闊達な環境を作るという点において、今もなおその精神は生きているのではないか?と、僕の目から見るとかなり自由にやっているソニーやソニー系列で働いている友人を見て思うのである。

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