退職の理由なんて言うもんじゃあないよ

退職の意思表明したら日本変わるぜみたいな記事が流れてきたんよ。

転職者の多くが「一身上の都合で」しか言えない日本の問題点 これから企業価値が下がる会社と、経営者が一番やるべきこと - ログミーBiz

深井:急に煽ると……労働市場で悩んでる人が転職活動をする時に、理由をちゃんと言うとめっちゃ社会が変わると思います。転職を薦めるためにここにいるわけでもないし、この瞬間までこの話を言うつもりもなかったんだけど。

日本の社会が一番変わるだろうなと思ってるやり方は、(転職で)迷ってる人が「やっぱり転職します。転職する理由は、僕が意義があると思って『これをやりたい』と言ってるのに、この会社の上層部がずっと金儲けのことしか言わないからです。だから辞めます」という人が、もしホワイトカラーの1割から出たら確実に会社は変わりますよ。

変わらざるを得ないでしょう。だって、人的資本経営をしないと生きていけないわけだし。これから生成AIが出てきて、優秀な人の定義がどんどん変わっていく。優秀な人を絶対に採らないといけないのに、その人がそういう理由で辞めてるという事実を突きつけたら、マジで速攻で1年とかで変わりますよ。迷ってる人は全員「辞めよっかな」と言ってみてください(笑)。

https://logmi.jp/business/articles/330445

言うたらあかんぜよ。

いや、別にいいんだけど、言うなら「覚悟をもって」やりなよって話だな。軽くやったら痛い目見るぜ。いやマジで喧嘩を売られたと見做されて危害を加えられる可能性まであるぞ。

まぁこの発言も半ば冗談と思うけれど、人生で数回退職を経験した自分としては、こういうことを軽く経営者の人に言われたくもないんだよなぁ(この発言をされた方は経営者のようなので)。

目次

現実として、退職しないと待遇は上がらない

言っていること自体は、マクロでは正しい。日本の労働環境が改善しない理由の一つに、低い雇用の流動性があるのは間違いない。実際、最近の賃上げも上がっているのは新卒と若手で、30代後半から50代前半は上がっていないという話だ。

30年ぶり賃上げでも増えなかったロスジェネ賃金 ~今年の賃上げ効果は中小企業よりロスジェネへの波及が重要~ | 永濱 利廣 | 第一生命経済研究所

しかし、年齢階級・学歴別にみると、けん引役は20代の若年層と60代以降のシニアであり、むしろ30代後半~50代前半のいわゆるロスジェネ世代では30年ぶりの賃上げにもかかわらずほとんど所定内給与が増えていない。

背景には、就職氷河期に社会に出たことで就業機会に恵まれなかった層のボリュームが大きいことや、元々転職に保守的なこと等により労働市場の流動性が低いことがあることが考えられる。

https://www.dlri.co.jp/report/macro/325019.html

僕がまさに30代後半で、僕自身は転職もやってきたが、周りを見ればそれは少数派で、たいていの人はずっと同じ会社に勤めているし、それでそこそこ安定してるんだよな。半年くらい前に旧友とあった時、「日本のシステムはよく出来てる。子供が出来て家を買ったら、もう逃げられない」とこぼしていたのが印象的だった。友人も色々と転職なんか考えたりもしていたようだが、実際問題生活を考えるとリスクが取れない、と。

僕がリスクを取って上京したり転職したりできてきたのは、独身者だったことは大いに関係があるだろう。さらに技術職、つまり専門職でかつ、ホワイトカラーの中でも需要が不足している業界なのもある。だがそんな僕でも、30代後半にもなると転職の難しさからかなり尻込みする。まして家庭と住宅ローンがあるとなれば……身動きが取れないというのもよくわかる。

だが、そうして身動きの取れない人たちの待遇を積極的に上げる動機は企業にはない。いや、もちろん労働環境を改善すれば会社に対するエンゲージメントが上がりひいては生産性も上昇し利益に繋がっていくはずなのだが、そういう不確定な将来よりも今この瞬間の目に見えるコストが優先されるのが実情だ。

そうした中で、労働者が経営者に対してできるもっとも強力な交渉が「退職の意思表明」である。これは本当にそうだし、事実、退官後の父は今の勤め先でそれをした。曰く、「最初の間は働けるだけいいかと思っていたが、資格業なのに安く使われることにだんだん疑問が出てきたし、自分が若い人たちの給与を下げているんじゃないかと思った」とのことだった。結果、35%上がったらしいが、これは今までむしろ搾取されていた(なんなら今も相場より相当低い可能性ある。父の技能はかなり特殊な技能なので……)と解釈すべきだろう。

この交渉は、「ダメだったら本当に辞めるつもりだった」という固い意志のもとで行われたそうな。まぁ、退職の意思表明とはそういうものだろう。

退職の理由を話すかは信頼関係次第

そしてもし、「退職の意思を固めた」場合、もはやその理由を打ち明けることに合理性は無い。そこに利益はなく、ただただリスクだけがある。どこの業界も狭いものだ。

一方で、退職者の本音は企業側にとっては値千金である(なので合理的な経営者はそりゃ退職の意思表明はウェルカムだろう)。だからこそ、退職時には色々と「なんで?」を聞かれるわけだが、まぁ本当のことは言ってもらえないだろうとは向こうも察している。退職者にとってリスクばかりがある行為なのに、そのリターンを受け取るのは退職する企業のほうだからだ。こんなバカな話はない。

ただ、まったく話さない、ということもあまりない。労働者は必ずしも金のためだけに仕事をしているわけではないので、「残る人たちのためになるなら」「自分にできる最後のおつとめかな」などといった想いで、ある程度話してくれることもあるだろう。どれくらい話すかは、当人の性格や考え方もあるが、何よりも企業との信頼関係に基づいている。信頼関係があれば、相当本音に近いことを言うかもしれない。逆にまったく信頼関係がなければ、当たり障りのないことだけを機械のように繰り返すだろう。

つまり、退職者やそれを考える人がどれだけ本音を話すかは、企業との信頼関係次第だということだ。そして企業が本音を言ってもらえないのであれば、それはとりもなおさず、企業が従業員と信頼関係を築けていないことを意味している。まぁ確かに、こういうデリケートなところでは日本全体で本音が言われづらい傾向はあるだろうから、その意味では日本の問題かもしれない。しかし、まず第一義的にはその企業とその人の関係の問題だろう。

経営者は「退職理由を言えば社会が変わる!」とただでさえ立場の立場弱い労働者に発破をかけるよりも、「従業員が本音をぶつけられるような信頼関係を築ける組織はどうすれば作れるか?」と問いかけるべきではないか。いやまぁ、話の流れでこうなっただけで、件の経営者も平生ではそれをしているかもしれないのだけれど、それにしてもわざわざ労働者を煽るようなことを言うことないと思うんだよな。

3年でやめれば待遇は上がる

一方で労働者側も、良い職場を求めるために積極的な行動をする必要はある。若者は3年でやめるから待遇が上がった。中高年は30年たってもどうせやめない(むしろやめてほしいまである)ので待遇も上がらない。

まぁ、最近は少しずつその流れも加速してきてはいると思うし、そうして雇用の流動性がそこそこ高まっていけば、「退職しても大丈夫そうだぞ」と思える人も一気に増え(しかもそれは優秀な人たちから)、その人たちの行動がさらなる雇用の流動性につながるので、どこかのタイミングで、非線形で一気に離職率が高まるということはあるかもしれない。

特に若手との給与が実力差以上に縮まっていく中で、リーダやマネージャに抜擢される有能な中高年ほど搾取されている感覚は強まっていくだろうしね。既にその兆候は管理職に対する忌避という形で出ている。

なぜ管理職になりたくないのか。

同じ調査では、20代・30代の6割超が「責任の重い仕事をしたくない」と回答しており最も多かった。

これまで見てきたように、働く側は管理職にならない限り、給与アップは望めない現実を知る必要があるだろう。

課長・部長になれないと年収差は500万円。しかも6割が管理職になれない | Business Insider Japan

確かに管理職になれば給与は上がるが、それ以上に苦労も上がるため、割に合わない現実がある。20代、30代の言う「責任の重い仕事をしたくない」には「言うほど給与変わらないのに」という前提があるものと思われる。現代の色々なしわ寄せを一身に引き受けている人たちなんだけれど、報われない。

まぁそうは言っても、役職なしだと普通に家庭を持つのも難しいような世の中になった場合は、どうなんだろうねぇ……。結局誰かが仕事をしているからなんとかかんとか組織は回っていくわけで、その中心になって回している人たちが割に合わない状態が、長く続くとは思えないんだがなぁ。

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