趣味の継続は困難かつ必要なもの

[最終更新] 2022年2月21日

僕にしてはよく続いたと思うが、やはり継続的なブログ更新ほど難しいものはない、ということを再確認した。例によって、早速更新が滞っているからだ。

やめたらいいじゃないか、なんの役に立つんだという気持ちが芽生えてくる一方、僕が一番続いてる趣味らしい趣味だということを鑑みて、もうちょっと粘ろうかな、という気もしている。多分もうちょっと粘る。

趣味の継続は難しい

ブログの継続的な……ここでいう継続的とは毎日を表す……更新が難しいのは、書くことがないから……ではなく、その逆で、日々色々なことが起きるからである。

色々なことと言うのは、何もビッグイベントに限らない。「今日は少し頭が痛い」「寝不足だ」「昨日飲みすぎた」「残業時間が長かった」「どうも気分がのらない」「新しいゲームをやり始めたらついやり続けてしまった」そんなレベルの話である。

そういうなんてことのない何かを掬い上げて記事にするのがブログというものだから、常に書くべき色々なことは存在する。そしてそれは、書く理由になると同時に、書かない理由にもなる。

理由は簡単である。疲れるからだ。これが仕事ならばもちろんその程度の障害でできなくなるなんてことはまずないが、しかしブログの執筆というのは趣味である。おおよそ人類の何にも貢献しなければ、当の自分にとっても必ずしも役に立つこともない。ま、趣味というのはそういうものだ。

そういうわけだから、日々生きるため、仕事や家事に忙殺されている身の上では、趣味というのは真っ先にリストラの対象となり、結果、趣味の継続とは非常に難しい。

しかし、僕にとって生きる糧になるのがこの趣味であることもまた事実である。仕事や家事ばかりでは、心が疲弊する。なにより、世界が狭くなる。これは、絶対にそうなる。

仕事と趣味は必ずずれる

世の中には仕事が趣味だと豪語する人が多くいることは承知している。実際、経営者にプライベートなどあってないようなものかもしれないし、そうでなくても、技術者など専門職では、趣味と仕事の境目が曖昧になることは事実だ。

しかしそれは結果論であって、そもそも趣味とは仕事に活かそうとしてすることではない。結果的に仕事に役立つことがあっても、それを目的にはしていない。

仕事と趣味は、本来的に別ベクトルのものである。したがって、たとえ重なることがあったとしても、進めていけば自ずとずれ始める。つまり、仕事が趣味という状態は起こり得ないことではないが、それはいっときの偶然に過ぎない。なので、「仕事が趣味みたいなもんでね」と10年言い続けたなら、それは無趣味を言い換えただけである。

アクセルとブレーキ

これはつまり、仕事とはなにか、趣味とはなにか、という話なのであろう。色々な定義の仕方があり、その定義の仕方に当人の人生観が如実に現れる。しかし一つ言えることは、両者は違う、ということだ。そして恐らく、その向きは反対である。

アクセルとブレーキがあって始めて車は車足り得る。仕事と趣味のどちらがアクセルだとかそんな話をする気はない。ただ、逆の性質をもった2つの機能をあわせて、始めて長く安全な運転はできるのだと思う。

だから僕は今、こうして意味もなく、なんの役にも立たない記事を書いている。そして多分、必要なことだと、感じている。

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