自粛の空気が若者を殺す

[最終更新] 2020年5月13日

(追記)少なくとも4月時点では、実際には救っていたことがわかり衝撃を受けている→「4月の自殺者数、前年比約20%減|TBS NEWS」 経済的な影響が本格的に出るのはこれからだと思うので、本稿で書いた意見自体はあまり変わっていないのだが、もっとよく考えなければいけない。空気が社会的に非合理を強制している現状だが、普段は非合理を個人に強制している。つき詰めると本質は一緒なのでは……?

緊急事態宣言がなされてから一ヶ月が経過し、それは延長された。これは、老人のため若者よ死んでくれという、そういう声明だったと僕は思っている。

この一ヶ月で日本の空気は急速に変化した。もう忘れている人もいるかもしれないけれど、3月の中旬くらいまではまだ少し余裕があって、大阪府の吉村知事の兵庫・大阪間の往来自粛要請を笑い飛ばす人が多かったし(僕も笑っていた)、自粛警察なんてケッタイなワードがTwitterのトレンドを賑わすこともなかった。空気が急速に変わったのは3月末で、小池都知事の自粛要請と、緊急事態宣言が俄に現実味を帯び始めた頃からだったと思う。

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空気の転換点

身の回りの空気に関しては、所属するコミュニティの文化によると思うのだが、僕の勤め先の話をすれば、3月末、本当に急激に、空気が変わった。軽々しく「オフィスのほうが効率いいんで」なんて言える雰囲気ではなくなり、出社しないことが強く求められた。それは命令ではなかったが、「強く推奨」という言葉で表現された。

しかしまぁ、これは僕の勤め先がIT系の大企業だからというのも大いに関係あろう。今のコロナ禍はビジネス的にはむしろチャンスで、株価も伸びている。僕の領域自体はIoTで、どうしてもハードウェア、つまり”モノ”が絡むし、なによりも「新しいことをしよう」という世界なので、こういう緊縮的な空気の中では非常に難しくなってはいるんだが、まぁでも会社として問題なければ新規事業の1つがうまくいかなかったところで大した問題にはならないだろう。

そういうわけで、会社自体は余裕がないわけではないし、また社員の多くが非常に理性的なので、大小の問題・課題を抱えつつも、なんとか在宅勤務をつつがなくやれている。システム的なところは、これを機にリモートワークを推し進めたいという層が頑張ったのではないかと思われる。

コロナ以外のコロナの影響

こういうことができる企業が日本全体の中で多いハズはなく、在宅勤務ができる職種であるにも関わらず、経営者・管理者のレベルの低さからいまだ導入していないところは多くあるだろうし、まぁそれは同情の余地がないにしても、業種としてそもそもリモートワークが厳しいというところはある。それは社会全体に影響を及ぼし始めている。

コロナ倒産、大打撃の3業種(帝国データバンク) – Yahoo!ニュース」によると、まず倒産が前年と比べて急増しているという事実が明らかにされている。

今年に入り全国の企業倒産件数は、1月(713件)、2月(634件)、3月(744件)と推移してきたが、注目すべきは前年同月比の数値だ。1月(2.7%増)、2月(2.3%増)であったのに対し、3月(14.3%増)はコロナ倒産の影響もあり急増した。

コロナ倒産、大打撃の3業種(帝国データバンク) – Yahoo!ニュース

同記事によると、特に「旅館・ホテル」「飲食」「アパレル」が上位3つの業種であるらしい。特に旅館・ホテルは厳しい。たしかに、テイクアウトや通販という手段がまだ残されている飲食・アパレルに対し、旅館・ホテルはどうしようもない感じだ。

この状態を非常に危険視しているのは経済派の人たちで、「このままじゃコロナの前に経済で人が死ぬ」と言っており、しかもそれは非常に説得力がある。なにしろ不況になれば会社が死ぬ、会社が死ねば人が露頭に迷う、そして失業率と自殺率の間には非常に強い相関がある。したがって、このままいけば自殺が増える。実際、近年の日本でもバブル崩壊後に勤労世代の自殺者が急増したという事実がある。

いずれにしても誰か死ぬトロッコ問題

つまり、「命を守れ」という大号令の元に路線を変更したら、やっぱりそこにも人がいて、しかも路線を変更する前よりも多くの人、しかも勤労している若い世代を轢き殺すことになるかもしれない、ということだ。

本質的にトロッコ問題の構造なのだが、それぞれのトロッコで被害を被る可能性が大きい層がまったく異なることも、問題に影響しているかもしれない。

たとえば年金暮らしの老人などは、年金に影響はないので、経済が傾いたところで直ちに影響はないが、感染症が蔓延すると自身が死ぬ可能性が増える。特にこの新型コロナは、老人ほど致死率が高い。一方で、若年層の支持率は非常に低く、子供などはインフルエンザのほうが怖いくらいだ。

したがって、自分のことだけを考えたとき、年金暮らしの老人にとっては自粛のほうが合理的だが、勤労世代にとっては過度な自粛は大きな痛手で、感染リスクをある程度受け入れて経済活動を行うことが合理的、ということになる。特に前述した業種の自営業者などはそろそろ経営体力に限界が来ているところも少なくなく、Twitterなど見ると自粛に対する怨嗟の声も多く見られる。

まぁ、日本より多くの被害を出しており、今なお状況も酷い諸外国が次々と経済活動の再開を始めているのに、国際的にも被害が非常に小さい日本が、どうして厳しい自粛をしなくてはいけないのか、とは個人的にもかなり疑問に思う。

人種で影響違う説

というか、このコロナに関しては、世界各国の政策と実際の被害の数からイマイチ因果関係が見出せないところがある。外出に罰則を設けるなど、厳しい規制を強いている欧米が日本よりも大きな被害を出している。いくら日本には自粛警察がいるとはいえ、本物の警察に罰金を取られる国より強制力があるとも思えないし。

日本はもともとの衛生観念や医療レベルが高いからだ、というもっともらしい説もあるが、それ東南アジアでも言えるの?と思うと甚だ疑問だ。フィリピンは若干多いが、日本に限らずアジア全体、コロナに対しては優等生なのである。

ということで、遺伝子的な要因があるのではないかという説も聞かれ、実際カフェインやアルコールの耐性などは人種によって傾向があるので、それはありうる話なんじゃないか、とも思う。というか、個人的に一番納得できる説が人種説だったりする。

で、もしそうだとすると、新型コロナが怖いのは欧米の人たちが主で、アジア系の人はそもそもそんなに怖がるようなものでもない、それ怖がるくらいならインフルエンザと交通事故を怖がっとけ、という話だったと、将来的には結論づけられるかもしれない。

若者を犠牲にする声明

とはいえ、致死率はゼロではないし、普通に経済活動を行えば、やはりコロナによる死者数は増えることになるだろう。で、老人を犠牲にしていいのかという論は根強いわけだが、逆に言うと今の自粛政策は老人を守るために若者を犠牲にしている、とも言えるわけだ。

で、先の自粛延長は、日本政府による「老人を守るために若年層を犠牲にする」という声明だったと僕は考えている。少子高齢化が進み、シルバー民主主義と揶揄される我が国において、政府の判断は極めて合理的だ。国民の支持を得たい、ということが目的である場合には、だが。特に我が東京都の小池都知事のポピュリズムぶりには舌を巻く。きっと次の都知事選で健闘することだろう。豊洲問題で「安全だが安心ではない」と言い放った時から、彼女は変わっていないのだなと、ガックリきてしまった。

ロックダウンは必要なかった? 「外出禁止は感染抑制と相関がない」と研究結果 | ワールド | 最新記事 | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト」という説さえボチボチ出始めているのだが(記事の休校に効果があった、という話は個人的には意外だった。子供は感染しづらく、また感染させづらいという話だったので)、我が国は空気に押される形で緊急事態延長となった。恐らく、空気を見て解除するつもりなのだろう。まぁいかにも我々の指導者らしいということなのかもしれない。

悪いことばかりではない

個人的に好感触なのは吉村知事率いる大阪府で、国に対して気を使いながらも、段階的に自粛緩和をしていく方針を先駆けて打ち出した。特筆すべきは明確に指標を出していることだ。しかもそれがそれなりに支持を得ているということで、なんとなく空気を見て適当にやる算段だったであろう官邸は大いに慌てたのではなかろうか。

もしかすると、今回のコロナで東京の一極集中に歯止めがかかり、本当に大阪が力をつける、という展開もあるだろうか。もしそうなれば、長期的に見てコロナ騒動は必ずしも悪いことではないかもしれない。それくらいのインパクトがある。

他にも、これまでまったく進まなかったリモートワークの流れが急加速し、多少の不便を感じながらも、なんとかしようと皆頑張っており、しかもこの流れはまだまだ当分続くだろうから、ひょっとすると100年かかるだろう改革が1年でできるんじゃないか、という期待感も個人的にはある。もはや「ハンコには文化と温もりが」なんて言おうものなら殺人鬼扱いである。少し前には考えられなかったことだ。今、改革の空気はたしかにある。あれこれ書いてきたが、実は僕自身は、けっこう自粛を歓迎しているのだ。

空気による非合理の圧力

ただ自分のことではなく、日本社会全体や、影響が直撃する人たちのことを想うと、在宅勤務だなんだとはしゃいでばかりもいられない。

現在の自粛について、僕は社会全体として非合理だと考えている。そして、非合理な選択を空気で強制する感じが、なんとも日本的で嫌悪感がある。

昔、職場の後輩から「近代で徴兵制は合理的じゃないから、やるわけない」みたいな話をされた時(なんでそんな話したんだろう?)、「それは理屈です」と話したことを思い出した。「合理的じゃないならやらないって、自分の職場見てもそう思う?」っていう話。その時、僕は非合理の極みみたいなところにいた。

まぁあそこはちょっと酷すぎたけれど、日本全体でみれば大なり小なり非合理が幅を利かせているところは多く、お陰様で未だにFAXもハンコも現役だ。それが戦争になった途端合理的な選択をするという、合理的な根拠があるなら聞きたいもんだ、というわけだ。後輩も、うーんと歯切れが悪かった。

僕は今でも日本は特攻隊を組みかねない、とすら思っている。そして、今の日本の空気を見て、その思いを強めた。まぁその空気が一部改革に繋がっている面もあるのだけれど……。しかしそれがいいかというとまた別の話で。この日本で生まれ育った以上、僕はずっとこの問題について考え続けることになるのだろうなぁ。

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