現状の電子書籍サービスは読み放題に行き着かざるを得ない

[投稿日] 2015年7月15日
[最終更新] 2016年8月3日

今日Amazonのプライムデーとかいうプライム会員限定のセールのようです。しかしお試し会員でもよいらしいので、実質的にはかなりの人が参加できるセールで、めぼしいのはあっという間に落とされていました。私もせっかくなのでChromecastのキャンセル待ちに登録しましたけれど、きっと手に入らないでしょう。

スポンサーリンク

Apple Music はじまりました

最近Apple Musicが話題です。音楽のストリーミングサービスは目新しいものではありませんが、Appleが始めたということで、聴き放題がいよいよ一般的にも耳目を集めてきました。私はてっきり、どうせまた北米限定だろうと思っていたのですが、どうやら日本にも上陸しているようで、それなら使ってみようかという気になっています。

私は昔から新曲を追いかけるようなことがなく、流行遅れのロックを借りて聴いていました。好きなバンド何?というのは実に気が滅入る質問です。この質問には流行りのJ-POP以外を答えると一般的に妙な顔をされ、嫌な間ができます。同じ悩みを抱えていた友人は、スピッツと答えることで解決したようです。

まぁそれはともかく、昔は勉強意欲もあって、色々と発掘しようと頑張っていたものですが、最近はそういったこともなくなり、ここ数年新しい音楽に触れていません。若い時分は新曲を追いかけないのがある種の反骨的な面がありますが(中二病と言われればまぁそうでしょうか)、三十手前にもなるとそういった態度はまったくもって普通というか、ありがちな態度ですから、ここらで一度、積極的に新しいサービスを受け入れてみようかな、と思っています。三ヶ月間はトライアル期間ということでお金もかからないようですし、件のテイラー・スウィフトの曲でも聞いてみるかと、我ながらミーハーですが、ようやく照れがなくなったのか。

そのうち電子書籍も読み放題に?

なんだか長々と語ってしまいましたが、Apple Musicは本題ではありません。本題は電子書籍の話でして、Kindleに代表される電子書籍事業ですが、これもいずれは読み放題サービスが主流となるだろう、というよりは、今のままではそうならざるを得ないだろうなぁ、という話です。その理屈というのはシンプルでして、現状の電子書籍は所有権ではなく閲覧する権利を売っているに過ぎませんから、その枠組みの中で最高のサービスを提供しようとすれば、それは自ずと読み放題になるからです。

かつての音楽市場

かつて音楽のコンテンツも、今の電子書籍と同じようにDRMが前提となっていました。音楽はもっとも早くコンテンツの形がアナログからデジタルに移行したものの一つで、デジタルにおけるコピーのしやすさという問題にいち早く直面したジャンルでした。しかしながら、このコピーガードの仕組みはデジタルのメリット潰すところが多いものです。具体的には、再生機器やソフトウェアが制限される、ハードの寿命にソフトの寿命が引きずられるなど、とにかく制限が多く、とても自分のものだという感じがしないものでした(今にして思うと、聴く権利を売っていたようなものだったのでしょう)。私なども、CCCDのような制限のかかったCDは買わないと決めていました。まぁ当時のコピーコントロールもお粗末なもので、たいていはあっという間に破られて、当時流行していたファイル共有ソフトに流れたりしていました。そして制限がかかっていない分、正規のものより非合法に流通しているもののほうが勝手がよいという、わけのわからないことになっていました(これは今の電子書籍にも言えますが)。まぁ、ファイル共有ソフトという目の前の脅威もありましたし、売り手側が頑なな態度になってしまったのは理解できるところもありますが、しかしそれにしても単純なコピーガードはあまりにデジタルのメリットを潰しすぎていた。また、コピーガードをかける割に、ハード・ソフト両面のサポートがまるでなってなかった。PCに音楽を取り込んで管理し、それを好きな媒体にコピーし、好きなプレイヤーで再生する、という文化が当たり前になりつつある時代でした。

二つの道

コピーガードという明らかな不便に対して、二つの道が開かれたのが現在だと思います。一つはAppleがiTunes Storeで切り開いた、DRMフリーのダウンロードサービスで、一つはSpotifyのようなストリーミングサービスです。コピーガードという問題に対して、コピーガードそのものを取っ払って対応したのが前者、逆にコピーガードの枠内で進化した究極系が後者ではないでしょうか。感覚的には、前者は旧来のハードとしてのコンテンツを購入して所有するアナログ的な文化をそのままデジタル化したような感じで、後者はデジタルの違法コピーのしやすさと、その利便性のバランスを取る中で生まれた生粋のデジタル的な文化という感じがします。

よく言われることですが、遅ればせながらデジタル化の波にのまれつつある本も、かつての音楽市場と同じ問題にしています。そしてKindleはじめ主流となっているところは、どうもDRMフリーにする気はないように見受けられますから、つまりその行き着く先は音楽と同じ、読み放題サービスということになります。

昔と今の違い

そうは言っても、音楽とは状況が違うことも確かです。今の電子書籍市場にはiTunes Storeに匹敵するようなDRMフリーのストアが電子書籍にはありませんし、この状況でコンテンツの揃った読み放題サービスがメジャーなところで提案され、かつ実現されるには長い時間がかかるでしょう。権利者側に、そこまで必死になる理由はなさそうです。また、コピーガードのかかったコンテンツを持ち運ぶ技術も、当時に比べるとだいぶ熟れてはきました。Kindleで購入した本は、たいていの端末で読むことができます。特に現在積極的に電子書籍を購入している層は、私も含め、メリットとデメリットを天秤にかけながら、それでもなおメリットがあるとして金を払っているわけです。元よりずっと手元においておきたい、ちゃんと管理していつでも取り出して読めるようにしておきたい、そんな風に思える本が少なくなってきたというのもあるかもしれません。これは突っ込むとだいぶ話が逸れそうですが。いずれにせよ、電子書籍市場はかつての音楽市場に比べると、歪ながらなかなかどうして機能していると言えるのではないでしょうか(現状の電子書籍市場の問題は、主流な電子書籍の形がクソであることより、クソであるにも関わらずそれなりに機能していること、だと思っています)。

それでも終点は読み放題

しかし、変化に時間はかかっても、競争が続く限り、やはりいつかを終点にたどり着くものと思います。そして権利を売る商売の終点は○○放題サービスです。日本だけの話なら途中駅での停滞もありえるかもしれませんが、たとえばAmazonなどは停滞を許すほど甘い企業ではないでしょうし、新しいビジネスチャンスを掴む熱意に燃えたスタートアップも数多く出てくるでしょう。そしてどこか一つがやれば、他も追随せざるを得ません。遅いか早いか、それだけの違いです(それが実現したとき、それまで一つ一つのコンテンツの権利に支払ったお金がどうなるのかは興味深いところです。何のフォローもされないのでしょうか?まぁ、よいですが)。

まとめると、現在主流である権利を買うタイプの電子書籍サービスの終点は「読み放題」しかなく、音楽ほどのスピード感はないにせよ、競争が続く限りいずれは終点に行かざるを得ない、というのが私の考えです。

長い余談・もう一つの流れについて

ところで、余談ですが○○放題というのは広く浅くの世界観に思えます。果たしてそこに深みはできうるのだろうか。たとえば本当にうまいものが食いたいと思った時に、食べ放題の店に行くことはないでしょう。もちろん、消費されるとなくなる物理的な食べ物と、理論的には無限のリソースをもつデジタルデータでは単純な比較になりません。しかし、提供するにはコストがかかるという視点では、アナログもデジタルも同様です。通常の販売と○○放題で、コストの考え方は異なるはず。果たして読み放題が主流となったとき、本のあり方はどうなるのだろう?

もう一つ、大きくはないだけで、DRMフリーの書籍を販売する流れもないわけではありません。それらの場所については以前「DRMフリーの電子書籍ストア : 或る阿呆の記」にまとめました。きっとこの感覚はもはや古いのでしょうが、私としてはやはり買い切りのほうが安心するし、所有の満足感があります。それにまだまだ、ローカルでの利用が前提にないと困る状況というのは多いですから。日本の都市部のような恵まれた環境は全体ではごく一部です。ローカルなら、検閲がかかって読めなくなる心配もないですしね(これはちょっと、今後かなり本格的に問題になるのではないかと危惧しています)。

たとえば今の本と同じくらいのお金を出せば、DRMフリーでデータをDLできるようになる、というようなサービスが読み放題と同時に実現されれば、それは大変素晴らしく、何の文句もないのですけれど。夢でしょうか。何か一つのやり方でなければいけないというわけではないので、いろんなサービスがあればよいのです、が。音楽のように。でもやっぱり、状況が違うのも確かで。色々な選択肢が生き残ることがいいのです、が。果たして、どうなるかな。

とりとめのない雑文でした。

スポンサーリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。