昼下がりにイケメンの写真をしげしげと眺める訓練

いつものようにTwitterを眺めて、Twitterの仕様により全然知らない人のどうでもいいツイートを見せつけられていたのだけど、その中で目に止まった記事がある。

稲垣吾郎、グループを離れて5年 「より自然体で生きられるように」|シネマトゥデイ

ツイート内容でも記事内容でもなく、アイキャッチの稲垣吾郎の写真に目が止まった。そして、はー、この人イケメンだなぁなんて、しみじみ思ったりした。

目次

稲垣吾郎はイケメンであることだなぁ

この記事を開くと、アイキャッチに稲垣吾郎の写真がデカデカと出るのだが、この写真を見て、「この人は本質的にイケメンなんだなぁ」と思った。これは記事内容にあるような内面的な話は一切関係なくて、純粋に面立ちだけの話をしている。

https://www.cinematoday.jp/news/N0133167

画像の引用になってしまうが、これは顔を見ながらでないと話せないので勘弁してほしい。

髪型に若干の古めかしさを感じるが、関係ないなと思う。多分落ち武者のような髪にしたとしても、この人からにじみ出るハンサム具合は隠せないと感じる。

服もきっといいものなんだが、僕は別にファッションに関心がないからそこはプラスにならない。多分、ボロギレを身に纏っていても、かっこいいひとは何を着てもカッコいいんだなと思うだろう。

僕は男の異性愛者なので、彼に性的魅力を感じているということはなく、別にこうなりたいと羨望を感じるというのでもなく、ただただイケメンだなぁと思うばかりである。

内面と外見

イケメンは内面もイケメンだろうか。

これはある程度世間的に支持された見方かもしれない。顔に内面が反映されるという見方は珍しいものではない。40歳を過ぎたら自分の顔に責任を持て、なんてまことしやかに言われていたり。長年の筋肉の使い方が顔に固着されるからだなど、もっともらしく理屈をつける人もいる。

ただ現実的にもって生まれた顔というものはあり、それはほとんど遺伝子で決まる。そして、少なくとも稲垣吾郎は20年前もカッコよかった。

僕は芸能にまったく関心がないため、誰がいつから芸能活動を開始していたかなぞほぼ知らない。SMAPのネームバリューすら僕には通用しない。SAMPとニンテンドー64のどちらが先かすら覚えていない。

だが彼の場合は、稲垣メンバー騒動があったために、20年前に活動していたことを知っている。稲垣メンバー騒動とは、稲垣吾郎が公務執行妨害で逮捕された際、マスコミの使った呼称が「稲垣容疑者」ではなく「稲垣メンバー」だったというものである。これは当時のネットで大いに話題となった。当時のネット民には既存のメディアに対するカウンターカルチャーという気風が全体的にあって、稲垣メンバーは大手メディアの腐敗を象徴する言葉のようになり、大いに喧伝されていたため、僕なんかの記憶にもよく残っているわけだ。フツーに扱われていたらもう忘れていたと思う。

まぁ逮捕の内容自体は正直若気の至りだったのではないかとも思う。もはや真実は藪の中だが。とはいえ、あまり立派な内面をしていたとは思えない内容ではある。しかし、彼はカッコよかった。

内面はともかくカッコよかった彼が20年後もカッコよかったとして、それは彼の人生や内面を反映していると言えるのだろうか。まぁ、「あの人は今」なんかで往年の影も形もないファンが知りたくなかったであろう人はよくいるから、保っているというだけで十分立派なのかもしれない。

しかし20年前から変わらないねという人は市井にもたくさんいるわけで、ではそういう人たちが稲垣吾郎と同じようにイケメン(あるいは美女でもいいが)かというと、別にそんなことはないわけだ。

犯罪で捕まった経営者などが、けっこう立派な面立ちをしていることもある。犯罪でなくても、平時には立派な能書きを垂れていたのに、いざ有事となったら丸投げして逃げ出した最悪のリーダーなんかは、個人的には犯罪的だと思うが、そんな彼らの平時の写真は総じて立派なものであり、イケメンとは違うかもしれないが、写真の中の彼らの面立ちからは好ましさを感じられることも多い。

このように考えていくと、その人の面立ちを内面に結びつけるのは、やはり些か乱暴な論理に思える。確かに刻み込まれた皺などにその人の労苦が察せられることはあるけれど、それが顔全体の印象にどう影響するのかは、如何とも考え難い。

見た目に対する感度

あるいは、写真の魔力かもしれない。その人の外見的な好ましさを引き出す写真家の努力の成果というのはあるだろう。特に、有事に逃げ出したリーダの平時の立派な御姿写真なんかはそうかもしれない。

我々市井の庶民にも、あらゆる角度から自撮りを試して少しでも自分をよく見せようとする人は多いし、そこまではしなくとも、証明写真では時間の許す限り納得できる瞬間を探し続けるものである。

だが、切り取られた一面がどうあろうと、その人が本質的に変わるわけではない。

我々が見た目から多くの情報を得ていることは事実だし、だからこそ我々は少しでも良い自分を演出しようとし、また整った見た目の人に陶酔したりもする。陶酔までいくと、明らかに行き過ぎに思える。

恐らく、この見た目に対する感度というやつは、少し意識的に抑え込む必要がある。見た目は確かに貴重な情報源だが、今現在もっともハックされた人間センサの一つでもある。つまり、騙しに使いやすい。

なので、異性愛者の僕ならば、イケメンについて「ああ、この人はイケメンであることだなぁ」くらいの距離感を異性に対しても適用できるように、感覚を覚えておくと良いかもしれない。

ということなのかどうかはわからんが、稲垣吾郎の写真を見てイケメンやなぁとしげしげ眺める、休日の昼下がりである。

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