児童の残高不足を怒った運転手が、逆に謝罪させられることになった話について

Twitterでちょっと考えさせるニュースが流れてきた。

ICカード残高不足児童にバス運転手が威圧的態度で謝罪要求 最高気温37.7℃の猛暑の中、児童は2時間ほどかけ徒歩で帰宅=浜松市 - ライブドアニュース

内容をまとめる。

ICカードの残高が足りずに降車しようとした子供に、運転手が怒って謝罪をさせた。子供はその後バスの乗り継ぎもできず、38度近い炎天下の中でとぼとぼと2時間かけて家に帰った。両親はその対応に怒ってバス会社にクレームを入れ、会社は両親に詫び、運転手は自らの対応を不適切と認めたうえで、一時的に乗務から外された。

ディスカッションの課題みたいな事件だなぁと思った。

目次

大人と子供による違い

まずきっかけは、ICカードの残高不足である。これは大人ならば無賃乗車とも言われかねないし、厳密に対応すればそうなるかもしれないが、そこは大人なので何かしら交渉して穏便に済ませようとするだろう。どちらもこんなしょうもないことで警察沙汰なんてめんどくさいからだ。いずれにせよ、悪いのは残高が足りない大人で終了の事案。

問題なのは、今回残高不足に陥ったのは子供だという点だ。まずここで、大人と子供で扱いを変えるべきか?という話になるが、ここで「同じ扱いをすべきだ」という人はかなり少数派だと思われる。子供と大人では適用される法律の区分けも違うのだし、というかそんなこと言わずとも、誰だって最初はみんな子供だったのだから、子供と大人を同じように扱って良いはずがない。バスの運賃システムが、子供にとって難しいものの一つであることは、かつてそろばん塾にバス通いしていた子供だった僕もよくわかるし、実際色々やらかして両親や運転手さんには何度か世話になっており、今となっては有り難いやら申し訳ないやら。

そんな子供達に仕組みを教えることは、たとえ自分の子供ではなかったとしても、市民の責務ではなかろうか。

運転手の対応の問題

件のバスの運転手もそう考えたのかどうかわからないが、通常大人に対してはしないであろう対応をしている。

このバスを運行していた40代の男性運転手が注意をしたところ児童が下を向いたため、男性運転手は児童の顎を触り「こっちを向いて」と顔を上げさせたうえ、強い口調で謝罪と両親への報告を求めたということです。

この事件の争点は、どこまでもこの部分だろう。運転手のこの対応は適切だったのか否か?

これについて、運転手は「不適切」と認めることになったが、まぁ書かれている記事の文章を見る限りは仕方ないかなと思った。顎を触って顔を上げさせたというのが非常に厳しい身体的接触を伴ったという客観的事実は、やり過ぎの感が否めない。強い口調は主観的だが、先の身体的接触を伴ったという事実を併せて考えると、本当に強い口調だったのであろうと推測される。「謝罪」という行為をさせたことも、身体的接触を併せて考えると、力関係を利用した強制性が非常に強く感じられる。

これでは、記事タイトルで「威圧的態度で謝罪強要」と言われても仕方が無い。大人と子供という力関係を見れば、不必要に強いと考えられる。実際バス会社も分が悪いことがわかっているので謝罪したのだろうし、運転手も反省の意を示すことになったのではないか。

まぁこれだけならまだ「子供相手の対応だからこそ、教育的な意味で厳しい対応をした。それは子供のためでもある」と抗弁することもできるかもしれない。しかしこれについてもまた、付記された情報を見ると首肯しかねる。

バスを降りた児童は本来、別のバスに乗り継ぐ予定でしたが、離れた自宅まで約2時間ほど徒歩で帰ったとみられています。

当日の浜松市中央区の最高気温は37.7℃でした。

これは追加情報であって、事件の本質ではない。子供にバスを乗り継ぐ予定があったかどうかなど知ったことではない、というのはまぁそうだろう。しかしそれでは、運転手の対応を子供のためを思った教育的なものだったと好意的に見ることは難しい。

逆に、もし運転手が「残高不足の子供のその後」についてまで気を利かせ、たとえば家が遠いのかを聞き、運賃を貸してやるなどの対応を取っていれば、先の運転手の厳しい対応も、教育的なものであったというのはかなり説得力が増す。実際、そこまでされていれば、両親もクレームをつけるには至らなかったのではないか。

そこまで気を利かせるのは難しいことだと思うが、それであれば、最初から「威圧的態度で謝罪強要」なんてしなければよかった。要は、厳しく対応するならそれだけのフォローも必要だという話である。それができないのであれば、口頭の軽い注意で済ませておけばよいと思う。この児童が何度も残高不足の乗車をしているなどの事実があれば話は変わるが、少なくともそのような記述は見受けられない。

以上から、運転手の対応は不必要に強いもので、両親からの連絡に対して会社が謝罪し、運転手が反省の意を示すことになり、一時的に乗務から外される処分を下されたことは、妥当と考えられる

両親の監督不行き届きの問題

一方で、この考え方にモヤモヤする人もそれなりにいるだろう。そもそも児童の残高不足が問題ではないか、運転手だけ責められるのは一方的ではないか、と。

これはもっともな話で、そもそも残高不足は両親の監督不行き届きと考えられる。しかし、それは両親の誤りであって、児童に対し威圧的態度で謝罪強要をしてよい理由にはならないだろう。また、両親が自分たちの対応の不足を棚上げして会社に連絡したことも、それこそ「子供のため」という理屈がとおる。

とはいえ、じゃあ両親の監督不行き届きは誰に裁かれたのか?というと、これはわからない。もし、両親が会社に連絡した際に、「子供を残高不足でバスに乗せてしまったこと」に対して謝罪し、そのうえで子供に対する応対に対してクレームを入れたのであれば、まぁわかる話だ。記事内に書いていないだけで、そうしたやりとりがされていた可能性はある。

しかし、まぁ……恐らくそうしたことはないのだろうなぁ、となんとなく予想できてしまうあたりに、この記事のモヤモヤがあるように思う

運転手側に同情する人がいるのは、この「残高不足という原因を作った側がなんら責めを受けていない」ように見える状況が、一方的だと感じられるからが一因だろう。ただ先にも書いたとおり、会社と両親の間で実際にどんなやりとりがあったのかの詳細はわからないので、本当に一方的だったのかどうかはわからない。

わからないけどまぁ、一方的なんだろうなーとは、正直僕も思う。昨今のモンスタークレーマーの存在などを思うと、モヤる気持ちもわかる。

ただこの件に関しては、やはり児童に対する身体的接触を伴った謝罪という行為の強要、がどうやっても擁護できないので、やはりどうしても会社・運転手側の話になってしまうかなぁ……。

可哀想なのは子供

いずれにせよ言えることは、残高不足のカードを持たされてバスにのり、知らないオジさんにそれを強く咎められ、謝罪させられ、38度の炎天下の中、二時間かけて歩いて帰った経験は、この子供の中でトラウマとなって残っただろう、ということだ。熱中症にならなくて本当によかった。

個人的には、こういった理不尽な経験は、長期的には財産になると思う。この子供は、異常に強い態度を示す力が強いものの存在を認知し、いざという時には自分の足で乗り切られなければならないという、貴重な経験を得ることができた。そのきっかけが自分以外の監督者の不備によるものであっても、その責任は自分が引き受けることになることを学んだだろう。こういうことは、大人になってから学ぶことになると、本当に取り返しがつかない状態になったりするから。ただそれはそれとして、理不尽な人たちは不幸になればいいと思う。

まぁこの事件の登場人物たちが理不尽だったのかどうかはわからないが、一番つらかったのはどう考えても児童だというのは恐らく衆目の一致するところと思われ、世の中そんなもんだ、強く生きろよ少年、と在りし日を思い出しつつ、一人思うのであった。

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