なんかこんなニュースがあった。
厳しい年金生活と家賃で「やっていけない」……67歳が“スキマバイト” 家賃UPで79歳「どんな仕事でも」『every.気になる!』(日テレNEWS NNN) - Yahoo!ニュース
そうなの?
確かに増えている
とりあえず高齢者白書を見た。
【第1節】高齢化の状況及び【第2節】高齢期の暮らしの動向|令和7年版高齢社会白書(概要版) - 内閣府

確かに就労率が上がっていて、特に65-69歳は右肩上がり、2014年の40.1%から2024年には53.6%になっている。
ただ比率的には毎年1-2%くらい上がり続けている感じで、昨今の物価高による影響だ、というのがどれだけあるのかはよくわからない。理由自体は、生活のため(経済的理由)がもっとも多いらしい。

まぁ経済的理由で就労する人が増え続けているのはそうだろうし、これは今後も変わらないだろう。
これは社会的には労働の総供給が増えることになるので、人手不足の解決には寄与するかもしれない。しかし一方で、年金を受け取っていて賃金に大きなこだわりのない高齢者の市場参加は、現役世代も含めた賃金の下落圧力になるだろう。
現役世代は既にその高すぎる年金保険料に苦しんでおり、その年金保険料から賦課方式で今の高齢者に分配され、その年金を前提にして高齢者が安い賃金で良いからと賃金下落圧力になる、という構図だ。トリクルダウンはなかったが、こっちのダウンはありそうだ。
ゼロでは死ねない
しかし一方で、高齢者の貯蓄率は現役世代と比べて相対的に高い。まず高齢者の8割が持ち家だ。

固定資産税があるとはいえ、賃貸に比べればその経済的負担が大きく軽くなることは事実。僕だって1Kなのに年間100万飛んでるし。
「貯蓄の平均値・中央値はいくら?ライフイベントや月毎に貯めたい金額も紹介|ソニー生命保険」によると資産の中央値も1000万円は超えているようだ。
そうすると、論理的にはまさに今取り崩すための貯蓄ではないのか、となる。ここで使わなければいつ使うのか?死なないつもりなんだろうか?
とはいえ、当事者の立場にたつとなかなかそうもいかないだろうとはわかる。というのも、老人にとって資産とは尊厳を保つための最後の砦だからだ。制度的には、資産を使い切ったら生活保護がありますよ、というのが建前だ。しかしそれでは、尊厳が保たれない。金を失えば社会的にクズ扱いだと、本能的に理解している。今までまさにそのような扱いをする社会を構成してきた当事者なのだから。したがって、死ぬ瞬間までその資産は握りしめておく必要がある。資産は鎧である。
正当化できるのか?
なので、老人が年金をもらいながら、貯蓄を取り崩すより働くことを選ぶのは理解できる。しかし彼らの年金は現役世代がまさに苦しみながら払っているのだし、金がなければゴミ扱いなのは現役世代も一緒なのだ。特に中年以降、社会的に需要のあるキャリアがない場合は、身に迫ってわかるだろう。若さを評価してもらえるのはせいぜい20代までである。世代間格差が公然と言われながらなんの対策も取られない中で、今の年金制度は果たして正当化できるのか。
まぁできないと思うが、純粋に政治力があるので変わらない見込みだ。また、現役世代も苦しんでいるといっても、正直まだ余裕がある。悲観的なつもりの人でも「自分が老人になったときには、年金制度は破綻していてもらえないだろう」程度だ。つまり、自分は老人になれることはあまり疑っていない。死ぬと思っていない。
現役世代の保険料批判に対するカウンターとしてしばしば出てくる「お前も老人になる」は「おま老」と略され、取るに足らない反論とされているが、現実的にはこれは力のある反論だと思う。老人になるだろうと思っているものにとって、年金保険料はどうしても否定しきれない部分がある。制度は破綻すると嘆くものでも、できれば破綻してほしくないという気持ちがある。だから「持続可能にするために改革が必要だ」という言い方になったりする。それは論理的に正しいかもしれないが、迫力はない。政治は論理ではなく、力で決まる。
とはいえ無理なものは無理なので、年金制度が破綻することは目に見えている。もしも年金制度を改革できるときがくるとすれば、「自分は老人にもなれない」と多くの人が肌で確信した時だろう。「お前も老人になる」に対して「俺は老人になれない!お前のせいで死ぬ!子供も死ぬ!お前のせいで!!」と鬼気迫って返すようになった時だろう。しかしそのときは、もうだいぶ手遅れな気がする。
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