このチームが20%ルールを採用できないたった一つの理由について

Googleで有名な20%ルールは、エンジニアにとって垂涎の羨ましい制度だ(一時期なくなったという噂を聞いたが、今はどうなっているんだろう?)。憧れるよね。いいよね。わかる。僕もできることなら取り入れたいと思う。

でもダメです。ごめん。このチームではできません。しないんじゃなくて、できないです。多分、言えばわかってもらえると思う。

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拳銃は一つしかない

20%ルールを採用できない理由を一言で言うと、僕たちのリソースではせいぜい一つのことしかできない、という悲しい現実だ。僕たちが用意できる武器はたった一つの拳銃で、弾き出される(もちろん銀ではない)弾丸は一つだけ。一つの弾丸を、どうやって20%に分割できる?

Googleは違う。彼らの膨大なリソースは、intでもオーバーフローを起こして表現できないだろう。彼らのパワーを表現するにはbig intが相応しい。* 0.2をしてなお十分な力が残る。一方僕らのすべては、1で表現できてしまう。0か1だ。tiny intだ。booleanだ。True or Falseだ。分けることはできない。物理的にできない。

残念だけれど、このチームでは、チームメンバー全員が100%の分割できない1を提供してもらう必要がある。

余裕について

僕がこのことを本当に説明しなければならなかった彼は、既にいなくなってしまった。まぁでも、説明するまでもなくわかっていたことだろう。理由は色々あったと思うけれど、この余裕のないチームに愛想を尽かした面もあったろうな。

余裕がない、とはチームとして最悪の状況だ。多分僕があの時説明できなかったのは、チームに余裕が無いことを認められなかったからだと思う。それは「現状はクソだ、どうしようもない」と言うに等しいと感じられた。実際そのとおりかもしれない。

ゆとりは大切だ。エンジニアのあるべき仕事環境について勉強すれば、余裕の大切さについて必ず考えることになる。15パズルを16パズルにして「スペースのすべてを有効に使えた」と考える愚を犯してはならない。トム・デマルコに教わるまでもなく、誰もがそのことを知っている。

でも現実は15パズルのように単純ではなく、多元的で、時間で変化し、しかも目に見えないものがあまりにも多い。現状を正確に把握する、ということはこの世のすべてを理解するに等しい無理難題だ。現状が16パズルになっているとハッキリわかるなら、それはそれで楽なんだが。

状況は複雑である。だが少なくとも、「20%ルールができる余裕」はない、それはわかる。申し訳ない。このままでいいとは思っていないが、見通しもたたない。それは会社のビジネスとも絡んで、もはやチームだけの問題ではないからだ。

仕方のない面があるとも思っている。できたての事業では組織=プロジェクト(プロダクト)になりがちだし、安定した組織がそんな状況に陥ることもあるだろう(それはもはや生きるか死ぬかの緊急事態だろうか)。そんな状況では、悠長なことは言っていられない。ずっとそれでいいとは思わないが、そういう時はある、これもまた現実じゃなかろうか

平時と戦時

上で述べた「ゆとりの大切さ」と「忙しさの現実」の矛盾が、僕を悩ませる。これについて考えるために、2冊ほど参考書籍をあげる。

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トム・デマルコのゆとりの法則。ゆとりのなさを正当化する気はなくて、むしろゆとりは大事なものだ、と考えていることには変わらない。ゆとりの必要性については、タイトルそのままのトム・デマルコの名著がある。昔これを読んだ時は大きな衝撃を受けたものだし、今再読の必要性を感じている。

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HARD THINGS。本書はMosaicの開発者、マーク・アンドリーセンと共同でVCを立ち上げたベン・ホロウィッツの、CEO向けに書かれた経営書なのだが、自叙伝に近く生々しい。ここには、ゆとりなどまったく感じられない。エンジニアにとっても、リーダーやマネージャーなどの立場に置かれた人間であれば、読んでいて共感するところがあると思う。技術的負債に対応する経営的負債という概念など、面白い。

HARD THINGSで印象的だったのは、以下の一節だ。

平時のCEOは会社が現在持っている優位性をもっとも効果的に利用し、それをさらに拡大することが任務だ。そのため、平時のリーダーは部下からできる限り幅広く創造性を引き出し、多用な可能性を探ることが必要となる。しかし戦時のCEOの任務はこれと逆だ。会社に弾丸が一発しか残っていない状況では、その一発に必中を期するしかない。戦時には社員が任務を死守し、厳格に遂行できるかどうかに会社の生き残りがかかることになる。

ベン・ホロウィッツ, 滑川海彦、高橋伸夫(訳), HARD THINGS 第7章 やるべきことに全力で集中する p.309

まぁさすがに一発の弾丸しかないほど追い詰められた状況はそうないと思うが(まさに会社が倒産するかしないかの瀬戸際だろう)、なるほど戦時に本来の業務外のことをやる余裕などない道理である。今この瞬間も、生き残りをかけて戦っているスタートアップが生まれている。彼らは皆戦時の状況に置かれているといってよいだろう。

一方で、有効なビジネスモデルを確立しているたいていの企業は、平時のはずだ。平時において、戦時のような余裕のなさは問題である。今この日本で欲しがりません勝つまではとか真顔で言っているやつは友達もできないだろう。

平時、戦時というのはあくまでアナロジーであるから、現実にそのまま適用できるわけではない。比喩としての戦争であって、本当に鉛玉をもって打ち込んでいるわけではない。なので、現実は「平時的」な要素と「戦時的」な要素が混ざり合っている。まぁ、上記引用文のような状況であれば、わかりやすく100%戦時かもしれないのだが、多くの場合は平時が8割、戦時が2割とか、平時が3割戦時が7割、みたいな肌感覚ではないかと思う。はっきりと「平時」「戦時」と言い切れないことが、事態をわかりづらくしている。

まーでもね、たいていの企業はだいたい平時と考えたほうがよいし、スタートアップなんかは戦時寄りの考えをもったほうがよいはず。今このチームが置かれている状況は平時寄りなのか、戦時寄りなのか、とは、チームのあるべき業態を考えるうえで良いメトリクスになると思う。ついでに、ネット上でみる働き方の記事についても、どちらの状態についての記事なのか考える必要がある、が、まぁこれは注釈がない限りほとんど平時向けと思って間違いない。

そういうわけだから、スタートアップやベンチャーでは、巷に溢れる羨ましい制度はなかなか取り入れづらいという話だ。しかし、仕事上で別のことをするゆとりがなかったとしてもだ、人生を生きる人間としての心のゆとりだけは持ち続けたいものである。

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