普段割と多めに税金はうんこと言いながら、恥ずかしながらミニマムタックスについて最近知った。
ミニマムタックスとは?超富裕層の課税強化の背景、仕組みを解説 | 相続税の申告なら相続専門税理士法人レガシィ【公式】
ミニマムタックスとは要は富裕層(政府が定義)限定増税のようだ。今年から既に始まるとは知らんかった。だって僕は富裕層じゃないから🥺
記事によると対象は以下らしい。
ミニマムタックスの対象となるのは、純金融資産保有額が5億円以上ある超富裕層の人であり、年間合計所得が30億円以上の人だと見られています。ただし、先に述べたように、累進課税の対象である事業所得と給与所得のみで収入を得ている場合は、対象にはなりません。一方で、金融所得や土地建物の長期譲渡所得が多くある人の場合は、ミニマムタックスの対象になり得ます。仮にすべての所得が金融所得などだった場合には、年間所得10億円以上からが対象になると見られています。
これはとてもわかりやすい、まぁとどのつまり「みんなの嫌いなやつリスト」だね。「私財を強奪してもいい」と思っているリストだ。「ざまぁwwwww」リスト。ほんとわかりやすい。
ドンドン広がる憎しみの輪
こういう憎しみの輪は、一度作られるとドンドン広がっていくのが世の常だ。富裕層の定義は別に物理法則でもなんでもない。正直なところ本質的には「俺より豊かでムカつく」になる。そのため、「俺」の豊かさによってそのラインは大きく変わる。
今、そのラインが作られた。そのラインはこれから下降していく。そして既にラインを通過してしまった者たちは、復讐の怒りも込めて、そのラインを押し下げることに協力する。
そして最終的に、全員が断頭される。その時使われる時の言葉は毎度おなじみ「税の公平性」。みんな知ってるね。上げる時にだけ言われて、下げようって時には絶対に言われないアレよ。
ニーメラーの詩でも分割統治でも憎しみの連鎖でも好きな表現すりゃいいけど、共倒れの始まりだなと思う。
お前の席、もうねぇから!
そもそも富裕層しねという感情論がベースにありそうなこの増税だが、正直彼らにどれくらいの影響があるのかは怪しい。有り余る金の一部が取られても資本的な力は依然として強いし、社会的地位も人脈もある。
タックスヘイブンに税を逃すことができるし、なんなら収奪された税金を補助金や政府系ファンドの形で、合法的に自分の元に還流するスキームも作れる。ってーかホリエモンとか今そんな感じじゃんね。
それでも、社会から増税されたという事実は社会へ貢献する気持ちを失わせるには十分だ。そしてその憎しみは、まだ増税されてない者たちへ向かう。お前も増税されるか?あ?
で、金融所得課税の増税が最も深刻な打撃を与えるのは、これから資産を築こうとする庶民であることは間違いない。微妙な小金持ちは、富裕層と違ってできることはあまりないし、ついでに言えば一般庶民的にはちょうど引っ張れそうなところに足があって面白い。
これはつまり、成り上がりが難しくなる、ということだ。上品に言えば資産形成が難しくなる、だ。種銭を築くことも、それを増やすことも難しくなる。既に資産を築いたものはなんとかなるが、これからのものはしぬ。そして格差は固定される。
なので、憎しみ合いの結果は必然的に富裕層を相対的に強くするんだね。まぁ社会全体としては共倒れだけどね。壮絶なバトロワの果てに立っているのが富裕層だけだったとして、彼もまた無傷ではない。
ムカつかれたアイツから見たアイツ
国民が憎しみ合う社会は言うまでもなく弱い。ただ、鶏卵なみたいなところがあって、弱いからこうなった、のかもしれない。
そもそも税とは何かを考えたとき、理屈をつけて国家が国民から収奪する国民の私財なわけだが、なぜそんな暴力的なことが許されるかといえば、税が国家運営に必要、という認識が一応あるからだ。なんで国家を運営する必要があるかといえば、警察であったり自衛隊であったりに、内外の脅威を排除してもらわないといけないし、公共財についても管理してもらわないといけないし、喧嘩があったら第三者として仲介してもらわないといけない。まぁそういう機能が期待されてはいるんだな。
だからまぁ、基本的には互恵関係なわけだよ。社会契約とか学問的にはなんとかそんな言葉もあるのかもしれないけれど、僕はしがないエンジニアなのでそういう定義には興味がない。ただ実態として互恵的な関係が前提になっている、とその経験と幾ばくかの知識で知るばかりだ。
つまり税というのは国家が強いので一方的に収奪できる、というようなものではなく、国民との合意のもとでなされるもの、のはずだ。そしてそれだけのことを国家は国民に対してするはずなのだが、さてここで、一体何をしているのだろう、という疑問が生じる。
これはまぁ思うことは人それぞれあるだろうが、僕が思い出すのは、先ずさっき名前を出したホリエモンのことだ。彼が豚箱にぶち込まれたとき、僕はまだ子供だったので、なんとなく不公平な感じはしつつもその意味をあまり理解してはいなかった。しかし今振り返れば、罪状に対して重すぎるのは明らかだし、またその経緯も非常に恣意的であったように思う。まぁホリエモンからすれば、国家の暴力が理不尽にも自分に襲いかかってきた、という感じだったのではないか。そして社会は彼を守らなかった。まぁムカつく奴だったのはそうだったかもしれんが。
そんな彼も、今や世渡りを身につけて、多額の補助金を社会から還流される立場になった。当時の彼を見ていた身としては、これはとても残念なのだけれど、あの時社会が彼にしたことを思うと、これは一つの帰結なんだろう、という納得感もある。社会の態度が違ったら、今の彼も違ったんだろうか?
というわけで、アイツムカつく、みたいなことを社会がやると、ムカつかれたアイツは社会についてムカつくようになるため、巡り巡って社会を蝕む存在となる。
納得の積み重ね
僕らたいてい生まれた時から日本人だし、日本人じゃなくてもなんとか人だし、まぁつまり国家はあって当たり前、かもしれないのだが、少なくともほんの200年前でも今とはだいぶ異なる様相だったことは歴史の教科書を読めば書いてあるとおりだ。飢饉が起きれば一揆もあったし、そもそも国家というほどのもんだったか。国より藩の意識が強かったんじゃないか。
まぁつまり、国家と国民の関係はそんな古来より続く契約とかそんなもんでもなく、割合最近始めたことで、大した歴史があるわけでもない。大した歴史がないのは、制度というのは不安定なものだからだろう。なぜ不安定かといえば、それは結局、納得できない制度は潰されるから、だろう。
自分だけ納得したって仕方が無い。できるだけ多くの人が納得しないといけない。ムカつくアイツを制裁して、ムカつかれたアイツは納得するだろうか。結局はその積み重ねだと思う。

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