最近東京大脱出を敢行したので、その時にかかった費用について忘れないうちにメモしておきます。
まず要件。
- 東京→奈良
- 単身、1K、荷物やや多め
- 6月
- 平日OK、時間指定なし
だいたいダンボールは50箱に、定番の家電やらなんやら大物がいくつか入るって感じです。引っ越しは突然決まった、というか決めたので、準備は全然出来てません。マジで引っ越し決めてから3日目くらいで、遅くとも1ヶ月以内に引っ越しするぞのテンションで、何も知らないままとりあえず見積もりの連絡を取りました。
見積もりは一括で連絡取れるkakaku.comのサイトを使って、結果、サカイ、アート、プロロの三社で見積もりをとることになりました。4社はちょっとしんどいのでいらんかったです。
基礎知識
引っ越し何回もしているのに、知識ちゃんとありませんでした。今回初めて調べました。引っ越しの費用ですが、基本的にはトラックの大きさと距離にかかります。
基本的には2トン、3トン、4トンとあって、当然ながら上にいくほどお高くなります。また、2トンは2トンショート、2トンロング、2トンロングワイドと種類が豊富なのですが、これは運転免許の規制が生んだ悲しい規格なんでしょうね。引っ越しの荷物は嵩張りますが、そこまで重量はないはずなので、特に1-2人くらいだとだいたい2トンなんとかを提案されることになると思います。ファミリーだと4トンになるんですかね。
国土交通省より基準となる価格が決められているようです。しかし当然ながら実際に見積もり取ると価格は全然違います。
見積もりとその結果
サカイ: 23万円
まず速攻でこられたのがサカイです。朝連絡して昼にきました。すごい。来られた方は、大人しそうな方でした。
ただ見積もりは一番高かったです。最初に「30万円」と言われて、いやさすがに…とかなんとか言って、そのうち「頑張って27万円」、次に「25万円」、そして例によって「上司に掛け合ってきます」の小芝居を挟み、最終的に23万円と言って去っていきました。
どうも見積もり見ると4トン車を想定していたようです。それだと確かにそうなるのかもしれません。ただ結果論ですが、4トン車は明らかに不要でした。整理途中の部屋だったので、実態よりも多く見えたんでしょうか…?
去り際、「契約を受けるために他所は小さいトラックで見積もるかもしれませんが、それで入らなかったら結局困りますよね。気をつけてくださいね」と釘刺されました。
アート: 14万円(決定)
夜にアートの人が来られました。来られた方はゴリゴリのいかにも営業って人でした。勢いがある。
「相見積もり取ってますよね、ええ、もちろんわかっております」「正味いくらと言われましたか?」と言われ、まぁ変に隠してもしゃあないと思ってざっくりと言ったところ、アートの人からは「日時をこちらで決めてよければ18万円でいけます」と最初からきました。
この時点でサカイより安いなぁと思っていたのですが、まぁまだ他も見たいのでーみたいな感じでのらりくらりとしていたところ、例によって例の様式美である「上司と掛け合ってきます!」の小芝居が挟まれます。
で、「今ここで決めていただければ16万でいけます、是非即決を」という、例の掛け声がきたわけですが、16万かー、いいですけどねー、いやーでもまだ見積もり決めてしまったところがありますので…などと言っていたところ、今度は突然「残念です、今ここで決めていただけないなら23万円になってしまいます」と突然塩になります。
ん?なんかお断りムードなんやろか?と訝しんでいたところ、また上司と話してきますの小芝居。そして戻ってきて、「今、ここで決めていただけるなら、私のことを信じていただけるなら、14万円でいけます!」と。そういう感じなのねと思わずちょっと笑ってしまいました。
そんで「どうでしょう、ハートに響きましたか」という謎の押し。どういうことやねん。しかし14万円は実際僕の想定ラインを下回ったので、「わかりました、ハートうたれました、即決です」と約束いたしました。そしてダンボール10箱を残していきました。これは親切ではなく、即決をやめづらくさせるためでしょう。引越しの即決は法的拘束力ないからね。
ちなみに車は2トンロングでした。サカイと随分違ったので聞いてみたところ、かなり自信ありげに「問題ありません。私も経験がありますので、信じてください」と言われました。そしてこれは実際、そのとおりでした。
ちょっと気になったのが、アートは全部電子化されていて、見積書を残していってくれなかったんですよ。マイページを見ればわかりますと言うんですが、そのマイページが作られるのに時間がかかるんです。これは不便だと思いました。
プロロ: 11万円
次の日、普通にプロロと見積もりしました。お金がかかってるからね、仕方ないね。法的にも即決に拘束力はなく、これは基本的にメンタルの問題です。まぁとはいえ私も即決を口約束した手前、基本的にはアートでいいかなぁというお気持ちではありました。ダンボールも置いてかれてるし。相場感を確認したかったという気持ちだったかなぁ。
さて、プロロさんですが、こちらは激安で有名。見積もりも直接訪問ではなく、スマホで荷物をうつしてやります。というか普通に「他者さんはダンボール何箱くらいで見積もりました?」とも聞かれ、利用できるものはなんでも利用するぜの精神と思われます。ただ一応確認程度という感じで、実際スマホの画面でもなんとなく察しはついていたのか、「そんなもんでしょうね」的な反応でした。プロロさんも2トンロングで無問題、という判断のようでした。
それで見積もりは噂に違わぬ12万円。そして上司に掛け合わない。マジかーと思いましたが、色々と激安なりの噂を聞くこともあったので、長距離となるとちょっと不安だし、口約束もしてしまったし、この差ならアートにするか、直接来てもらったしなぁとかなんとか考えておりました。
が、一応その場では決めず、整理したいので明日まで待ってくれ、ということに。なにしろ引っ越しの電話して1日の出来事。引っ越し決めてからマジで数日以内くらいで、荷物も心も整理がついてないんです。ナゼ僕はいつもいつも突然動くのか。
で、ちょっと気になったのが、アートの14万円って税込みでいいんだよな?ということでした。これはAIに聞いて、「BtoCなんだから税込みでまず間違いない」と言われながらも若干不安でした。ちゃんと税込みだったので杞憂でしたが…。
たしか、次の日にアートのマイページができたんだったかどうだったか、記憶が定かではありませんが、結局プロロにはお断りの電話を入れました。すると、なんとその場で「11万円でどうですか」と最後の交渉。すごい。
ちょっと心動きましたが、色々と疲れており、既に決めた段取りを変えるのも億劫だし、即決の口約束もあったし、ダンボールも存在感あったしで、結局お断りしました。「そうですか」とストンと電話は切れました。縁の切れ目。
アートのお引越しの実感
さて、アートの引っ越しは搬出の3日前に時間がわかり、その2日後に搬入という段取りでした。時間が直前までわからないため、退去の立ち会いやインフラ系の止めるタイミング、また新居で鍵受け取りの日程は神経を使いましたかね。搬出から搬入まで丸々一日あくのでそれをどうするかなども地味に考えどころ。
まぁ適当に決めつつ、当日のアートさんの搬出・搬入ですが、これはどちらも好印象です。こればかりは現場の人ガチャの側面はあるかと思いますが、少なくとも僕の場合は暑い中テキパキと運んでいただけ、有り難く思いました。どちらもスタッフさんは丁寧で、また仲も良さげで、気持ちよく対応できました。
なのでまぁ、プロロさんだとどうだったかは不明ではありますが、満足しています。ちなみに現場の人に2トンロングでギリギリだったか聞いたところ、そんなことはないですねと言われ、4トンで見積もったサカイさんェ…という気分に。うーん、部屋が大荒れの状態だったからなのかなぁ?
最終的に、相場よりどうだったのかは不明ですが(プロロさんはさすがに底値だと思います)、個人的には15万円以下なら良い、という気持ちでいましたし、つつがなく終わったのでOKです。
くう疲
そんなわけで、関西に帰ったタイミングで突然引っ越しを決めて、部屋を2日で決め、東京に戻ってから3,4日で引越の日程を決め、その一ヶ月後には無事東京大脱出となりました。
なんだかんだで無理をしていたのか、引越してからしばらくすると帯状発疹にかかり、さらになおりかけたところでスッコロンで左手首捻挫、2ヶ月ほど経過するもまだ完治せず、さらに追い打ちをかけるように母が癌告知…(ステージ4ですが一応根治の可能性はあるとのこと…祈るような気持ちです)未だ落ち着きませんが、また関西生活の始まりです。
関西が故郷というわけでもないんですけどね。私の家系は転勤族で、子どもの頃から今に至るまで、同じところに連続して6年を超えて住んだことがありません。都道府県別で一番長く住んだのは多分東京で、直近では10年いました。その間にも3箇所を転々としており、最後の住所は一番長かったですが、5年住まなかったですね。
上京する時はほぼ手ぶらでしたが、帰りはさすがに荷物が多かったです。ほとんど仕事道具とコンピュータ、そして防災備蓄ですが…。結局独りだったなぁ…。
もはや東京に戻る気もないので、恐らく今後の人生は関西で過ごすかなと思います。多分。東京よりも関西のほうが好きかな。アートにしたのも、営業さんのノリが関西っぽかったからかも。やっぱり上司に掛け合わないと。っつか今振り返るとなんやねんハートに響くって、アートやろがい。と、しょうもないこと言っておしまい。
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