東京大脱出:良き都民であった

最近、東京を脱出した。なんだかんだで10年ほどいた形だ。

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東京に行って帰るまで

10年前、実家のある奈良で燻っていたのだが、家の近くにある信号機を車窓から見るたびに吐き気がした。僕は多分限界で、ついに上京した。あと2年とは言わずとも、1年早く上京していれば色々違ったきはする。

あれから10年か。振り返ってみて、我ながら模範的な都民であったと思う。1Kマンションにバカ高い家賃を払い、朝から人の詰められた電車に揺られ、無駄に高いランチを食べ、星の見えない夜に帰り、エアロバイクを漕いでカロリーを消費して寝る。3つの住所を経験したが、いずれも太陽とは無縁の部屋で、何を入れているのか知らないが臭いが出ないという洗剤を使って洗濯した。会社ではSDGsが名目の補助金やプロジェクトの話を聞く。休日は自己研鑽に励み、新しい技術へのキャッチアップを怠らない。待遇に納得がいかなければ転職エージェント経由で転職する。

そうして気がつくと10年が経過した。東京駅で綺羅びやかないつもの土産物ロードを見た時、たまらなく気持ちが悪くなった。吐き気はしなかったが、多分限界だった。

そんなわけで、結局奈良に戻ってきたのだった。東京を出るにあたって、何人かの友人と会ったが、それ以外は特にやりたいことも行きたいところも特になかった。強いて言えば、荷物を出してスッカラカンになった家が一番感慨深かった。コロナからのリモートワークが増えて、結果的に一番長い時間を過ごした場所になったか。けっこう広かったんだなぁと思った。

東京ラストナイト@池袋かるまる

最後の夜、荷物を全部出した後だったが、退去の立ち会いが翌日だったので、一日暇を潰す必要があった。家で固い床を背に寝てもよかったのだけれど、せっかくなので、有名なサウナの池袋かるまるに宿泊してみた。サウナは何度か行ったことがあるけれど、都民だと逆に泊まる機会がないので、少し気になっていたし、金はかかるがまぁ最後だしなと思った。

池袋かるまるはサウナとしてはお高めで、普段は入るだけで3,480円かかるし、ここに休日料金など追加料金が発生する。また館内に飲食店もあるのだが、このメニューもまぁまぁする。なので、サウナとしては高給な部類に入ると思う。ホテルとしては安めかもしれない。

初めてかるまるにいったのはコロナ前後だったと思うが、あのときはよくできたところだなと思った。高いけれども設備はしっかりしているし、池袋の立地を考えても、値段なりのものは感じた。システムは効率的で、漫画とリラックスチェアの置いてあるリラックススペース、唐揚げや乾き物など定番の絞り込まれたメニューの飲食店なども、非常によくできていると思った。実際、その後も何度か足を運んだ。

まぁ最後は随分と久しぶりではあったのだけれど、効率化はさらに進んでいるようで、リラックススペースを含むフロアのどこでもご飯を注文できるのは感心した。

ただあまりにも効率化されているからなのか、それとも僕自身の心の変化なのか、その感想は前に来たときとはかなり異なるものだった。

一言で言うと、カイジの地下帝国にいる気分になった。具体的に言うと、このツイートのコマを思い出した。

地下帝国の給料日(だったはず)、焼き鳥とビールを黙って食べている男の図。本当にこのコマをまさに思い出したわ。完全にこれだった。今僕は、地下帝国の給料日なんだなと思った。

この感覚は、かるまるに行けばわかるというものではない。別にかるまるが地下帝国なのではない。だから行っても僕が最初に抱いた感想と同じで、効率的な高級感に感心するだけだと思う。

まいばすはなぜ都民への罰なのか

訓練された都民ならば、わかる人はいるかもしれない。多分この感覚は、まいばすに罰を感じる感性と地続きだからだ。この誰も傷つかない令和において、なぜかまいばすは悪口言ってもOKという特権的なポジションを認められている。

もし見知らぬ都民を部屋に閉じ込めたら、彼らは互いに警戒し、愛想笑いで距離感を保つだろうが、そこに「まいばすの惣菜」というテーマを与えたなら、彼らはいかにそれがまずいかということで、その時ばかりは意気投合することうけあいだ。そんなまいばすは別名・都民への罰と呼ばれ表敬されている。この感覚は都民にしかわかるまい。

「都民への罰」と呼ばれる理由を知りたくて……東京で初体験したスーパー「まいばすけっと」の感想は?|まいどなニュース

この記事では、噂を聞いて行ってみた人の率直な戸惑いが書かれている。

ひろっち:元々、「都民への罰」というキーワードが頭の中に残っていて、まいばすけっとのことが気になっていました。東海地方にはお店がなく、関東行った時に寄りたいなと思っていました。それで東京行った時についでに寄ってみたら、普通に便利だったのでいいじゃんと思いツイートを投稿しました。

せやろね。まいばすに行って思うことは、単に小綺麗な小スーパーというだけだと思う。実際、都民でもまいばすを便利な小スーパーとしか思ってない人は多いだろう。なんかもうコンビニより多いんじゃないのってくらいあるし、外形的には本当にただの便利な小スーパーだよ。

本当に便利でね。夜遅くまで空いているし。まぁ欲しいかなっていうやつが、毎日同じ値段で売られている。たまにポイントが大きくついたりもする。便利だから、通勤の行き帰り、なにかと行くでしょう。毎日行きます。いつも同じものが同じ値段で売られている。今日もある。明日もある。ちょっと外出の必要があって別の駅に降りた時にもあったりする。でも大丈夫、まいばすという完璧なシステムは同じ体験を提供してくれます。

そうして100回目のセルフレジでいつものやつをピッとしたとき、突然気づく。自分という存在が、このシステムに組み込まれていることに。まいばすの中に、東京の中に、完全に組み込まれていることに。

東京というシステムのコンポーネントになった自分に気づかせてくれる場所、それがまいばすなのです。かるまるで感じたあの地下帝国感も、完全に同じ類のものだよ。

都民として成功すると、もっと高い店にいけて、そこではより特別な扱いをしてもらえるわけだけれど、でも本質は一緒なんだ。つまり東京という街自体が帝愛的なシステムなのであって、そこで兵藤になるのか利根川になるのか、黒服になるのか地下労働者になるのか、はたまたカイジになるのか…そういう違いなんだね。

さようなら東京

だいぶ東京を腐してしまったかもしれないが、まぁ勘弁してやってくれよ。だって俺は10年、都民だったんだから。それも間違いなく模範的都民だった。そして何も残らなかった。いや、都民税の残りカスの小銭が、幾ばくかあるか。これもなくなると、本当に、ただ歳を取って、疑り深く、皮肉屋になった自分だけが残る。

あの燻っていた感覚を解消するには、上京する必要はあったかもしれないんだけれど、少しばかり長くいすぎたかな。2年はやく上京して、2年はやく気づいていれば、僕の人生はきっと随分と違ったのだろうけれど、何を言ってもすべては詮無いことだ。

とりあえず、三十代最後の夜は、高校と同じ奈良で過ごすことになる。あの思い出の信号はまだ見ていない。っていうかまだあんのかな。まぁ見てもどうということはないだろう。今さらなにを思う?

さらば東京。また行くことがあれば、あのまずい惣菜を買ってやるよ。

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