例によってSNSのバズツイなのですが、こういうものが回ってきました。
着物業界の職人ですが、ぶっちゃけもう手遅れです。 業界全体で職人の加工賃を安く叩くことしか考えてこなかったので、跡継ぎですら生活が出来ないと次々と業界を去った結果、後継者が全く育たずに今に至ります。
https://x.com/naoshiya/status/2022646788164100146?s=20
低賃金の職種があるのは、資本主義の回答としては、「それでもやる人がいるから」になるかと思います。ではなぜ、低賃金なのにやるのがといえば
- 他にできることがない(能力あるいは機会の不足)
- 他のことをやらせてもらえない(参入障壁が高い)
- 他のことをやるのがしんどい(転職コストが大きい)
- 金ではないやりがいを感じている(やりがい搾取)
あたりかがあるかと思います。複数の要因が絡むわけですが、着物職人さんの場合は、やりがいの優先が大きそうです。ツイ主さんの属性は経営者が強いようにも思いますが…。
そういえば私は学生時代3、4か月くらいCD屋でバイトしたのですが(使えないバイトだったのですぐやめた)、賃金水準は他のバイトより低かったと記憶しています。まぁ音楽好きな人なら、それに関係ある仕事なら多少賃金安くてもいい、って感じだったんですね。同様に本屋の賃金水準も低かったですね。
図書館の司書さんの待遇が悪いというツイを何度か見たことがありますが、あれも本好きにとって一つ憧れの職種だからという面はあるように思いました。本に囲まれているということ自体が、数字にならなくても或る種の人にとってはうれしいことなわけです。
こういう数字にならない報酬はどの業界にも大なり小なりあるもので、それが大きいと、賃金を低くしてもやる人が一定数確保されるため、どうしても資本主義においては買い叩かれやすくなります。社会的需要がよほど大きければよいのですが、そういうものは少ない。
ここまでは身も蓋もない資本主義における需要と供給で、基本的には「個人の選択の帰結である」という結論にしかならないのかなと思います。一方でこの問題提起がバズツイになるくらいには、社会的な問題なのではないかと感じる人もいるわけです。
というのも、一定以上賃金が下がると、その業種を維持できないレベルにまで人手不足に陥るからです。しかし、これは奇妙なことです。資本主義の論理においては、供給が減れば価格(賃金)が上がるはずでは?
そうはなりません。末端の人件費まで含めて、ビジネスモデルは構築されます。低賃金で働いてくれる人がいるなら、それを前提としたビジネスモデルが組まれるわけで、低賃金は大事な前提ですから、そこが崩れるとビジネス自体が壊れます。
最初に私は4つほど低賃金になる要因をあげましたが、これらはすべて、時代によって大きく変わります。何が能力とされるのか、機会に恵まれるか、規制や参入障壁は高いか、転職コストは大きいか、やりがいを感じられる人が多いものはなにか、すべて、すべて、変わります。
ですので、ある一時代において低賃金を構成する要因に依存してつくられたビジネスは、その前提が崩れた場合の備えをしていなければ、時代は変わるのですから、必然的に壊れますし、業界全体でそういうビジネスしかなかったのであれば、業界全体が壊れる、としか言えません。資本主義の理屈でいえば、それも含めて資本主義になります。
ここから需給を回復できるくらいに上げるべき賃金は、想像よりはるかに上になると察せられます。人口減少、少子高齢化、規制の厳格化、転職市場の流動化など、経営にとって社会的条件な厳しくなる一方です。
しかし、もはややりがいに頼るのは厳しい。
所得自体が社会的評価に繋がっている中で、低所得とはそれ自体が社会的評価であり、扱いである、というのは資本主義の冷厳な事実です。それを跳ね返す個人のこだわりに期待できる絶対数は少なく、あるラインを抜けると突然少なくなる、というような印象があります。つまり100人中4人くらいは熱烈にやる気を見いだすのだけれど、5人目以降はさっぱり、という具合です。
すると、全体の人数が50人に減れば、やる気を出す人も2人に減るわけですが、今まで4人でやっていたことなので、3,4人目を見つけるのに苦労します。人口が減ったからといって業界に必要なリソースがそのまま減るわけではありません。固定費用というものがあるからです。
こういったことはやりがいだけではなく、他の条件にも適用されるもので、人間のやる気とは経済学の需給曲線のような線形ではなく、あるところを境に突然ガクっと手を挙げる人が消える、非線形の崖が存在します。その崖は社会の諸条件で常に動き、目に見えず、解析は不可能かもしれません。
数字にならないものは存在しないものとみなす現代社会において、私たちは必然的な運命として、みんなで崖に向かって行進しているのだろうと思います。
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