SNSを見ていて、厭世的なようでぬるいなぁと思ったのは、社会保険関係のツイートですが、「お前も老人になるというが、我々が80になった頃には今のような体制があるとは思えないし、またその負担を子世代にさせたいとも思えない」というものです。
SNSで「おま老」と略される「お前も老人になる」に対する反論としては一般的かつ現実的なものだと思います。
ただその一方で、思うことは、「そもそも80まで生きられると思っているのか?」ではあります。たしかに今現在の平均寿命はそうかもしれません。しかし、それは自分もそれくらい生きられることを意味しないでしょう。本当に現在の世代が今の老人世代ほどの福祉を受けられないと思うのであれば、そもそも平均寿命は今より下がる、となるのではないでしょうか。
いやそれより、平均がどうあれ、自分自身が厳しい状況にある中であれば、織田信長のいう「人生五十年」のほうがむしろ差し迫った親近感としてわいてくるものではないでしょうか。実際、織田信長は老人になれませんでした。織田信長が「私が八十になった時」とうたうでしょうか?
老人というのは生存強者です。老人とは老人になるまで死ななかった人たちです。しかし仕事をしていれば、身の回りで仕事中になくなられた方がいるものではないでしょうか。いませんか?
いるにせよいないにせよ、仕事とは命を削ってやるものだということを身に染みて感じているならば、自分が老人になったとき、と無邪気に仮定できるものではないと思うのです。
多分きっと我々は、老人にすらなれません。でもそれは普通でした。今が異常なのだと思います。
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