Google Play ストアのレビューが随分と汚い

[投稿日] 2015年8月24日
[最終更新] 2016年11月16日

最近、いまさらながらTwitterを始めました。理由としては、あまりにもWindows 10が来ず、さりとて自分でisoをダウンロードしてインストールするほど欲しいというわけでもなく、しかしこの心情をブログで吐露するには大仰過ぎる、ということで、衝動的にTwitterアカウントを取得して呟いてしまった次第です。Windows 10が来ない、と呟いて満足してからはあまり呟いていないのですが、まぁせっかくアカウントを取得したのだからと、なんとなく公式のクライアントアプリ(Android)をインストールしました。

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レビューに怨嗟溢れる動画の自動再生、しかし設定で変更可能

インストールする際、何か注意点はないかと、Google Playのレビューを眺めていました。アプリ、特にSNSのアプリは、公開される個人情報やその範囲について、よく確認しておかないと後々たいへんな目に合う可能性があります。何か際立って問題となるようなところがあれば、当然レビューされているでしょうから、アプリをインストールする時は、レビューをざっと眺めることにしています。

さて、このアプリのレビューで目立つのは、最近追加されたらしい動画の自動再生機能に対する怨嗟の声です。どうやら、フォローしている人がツイートした動画が、勝手に再生されるものであるらしい。動画ですから通信も馬鹿にならないし、単純に煩わしくもある。なるほどそんなものが勝手に実装され、かつ変えられないのであれば、確かに鬱陶しい問題です。以前の状態に戻してくれ戻してくれと書かれているのも理解できる話です。そんな仕様は嫌だなぁ、しかし本当にどうしようもないものなのだろうか、と思いながらも、とりあえず使ってみないことには勝手もわかるまい、と数分くらいカチャカチャ使ってみました。

まず確認すべきは設定です。自分のアカウントが検索される条件や範囲、ツイートの広がる範囲など、よく確認しておかねばなりません。一通りの設定項目を見ながら、目についたのが動画の自動再生機能のオン・オフ。あれ、なんだ、普通にオフにできるんじゃないか…。なんとなく気になって調べてみると、別に後から追加された設定項目でもなく、実装と同時に設定できるようになっていたようですし…(参考:「Twitterの動画自動再生機能を止める方法 – GIGAZINE」)。では、以前の状態に戻せと書かれていたのはいったい、と思うと、まぁなんとなく予想していたことではあるのですが、設定項目に気づいていないのだろう、と。

インターネットでの言葉遣い

こういったアプリを使ううえで、設定をよく確認するのは基本事項ですから、それを怠っていることの瑕疵はユーザー側にもあるものの、Twitter側の都合による仕様の変更も多少強引なところがありますから、この仕様変更が批判されること自体は理解できます。しかしながら、私が気になるのは、その内容よりかは、レビュー全般の書き方といいますか、言葉遣いといいますか、とにかく言葉が汚いことです。もちろん真っ当なものもあるのですが、それが霞んでしまうほどに、全体としてかつての2ちゃんねる以上に便所の落書きのような印象を受けます。

元より匿名文化の発達してきたインターネットにおいては、2ちゃんねるやふたばちゃんねるを始めとする匿名掲示板において特に顕著に、不躾な言葉によるやりとりがなされてきました。一方で過剰なマナーを求め、しかしながら悪意というのは形式の外にあるものですから、外面だけ取り繕い皮肉と嫌味に満ちた慇懃無礼なやりとりをする一般掲示板も多くありました。やりとりというよりかは、煽り合いでしょうか。前者の文化は主としてまとめサイトやブログ文化に継承され、後者の文化はAmazonやカカクコムのレビューなどによく継承されたなと思っています。悪い側面を取り上げましたが、もちろん良い側面もあって、前者はフランクで気軽な、しかも本音をよく知れるやりとりでもありましたし、後者は丁寧で感じの良いやりとりでもありました。要はそこに悪意を込めるかどうかなのですが、場によって悪意の表現方法が変わります

Google Play ストア(App Store)のレビューから異文化の臭いを感じる

App StoreやGoogle Playのレビュー欄は、アカウントに紐付けられ、公式の場での、また実際のアプリのレビューですから、性質的にはAmazonやカカクコムのレビューに近いと思うのですが、どういうわけか匿名掲示板のようなレビュー、というよりは書き込みが多い。いや、それよりも酷いかもしれません。しかも、攻撃的な悪意が目立つ。そのレビューの汚さは、だいぶ前から不思議でした。何故こんな、駄々をこねる小学生のような文が溢れるようになってしまったのでしょう…。他国の状況はどうなのだろうか、と思って軽く検索をかけてみると、どうもそんなことはないらしい(参考:「App Storeのレビューに、日本のモンスター消費者の片鱗を見る – 脱社畜ブログ」)。どうやら、この問題は関係者の間では割と有名な、根の深い日本的問題である模様。

それにしても、同じ日本のAmazon.co.jpのレビューだってもっとまともです(ジャンルによりけりではありますが)。全体として、「この文章は他の人に見られるものだ」という意識がまるで感じられないものが多く見受けられます。これは、私がこれまでにインターネット上で見てきた文化とは、異なるところから持ち込まれたのではないかと思えてなりません。そうでなければ、Amazonのレビューにすら大きく劣る、匿名掲示板の悪意ばかりを抽出したようなこのレビュー群を、どう説明をつければよいのか。これまでの日本のインターネットとは異質の文化を感じます。

結局日本人論に帰結する?

考えてみれば、スマートフォンの普及によって、それまでコンピュータとは縁ない人たちも広くインターネットを楽しむようになりました。その影響でしょうか。でもそれは他国も同様です。となると、やはり日本人論に帰結するのでしょうか。論理としては飛躍を感じますが、実生活から妙な説得力を感じてしまい、この件、少し興味があります。

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“Google Play ストアのレビューが随分と汚い” への 2 件のフィードバック

  1. 現在の日本でもクレーマー問題は重大な社会問題ですが、こういうレビューを書き込むような子供達がこのまま大人になった時にどうなるかを想像すると暗澹たる気持になります。
    今よりひどいクレーマーが日本中に溢れかえった社会とはどのようなものになるのでしょう。

  2. >社会人さん
    クレーマー問題とは確かに根が繋がっていそうですね。クレーマーはどちらかというと上の年代に多い印象ですが、若い世代のダークな部分がネットに噴出している面などもあるかもしれません。クレーマーの統計があれば、色々わかりそうなのですが。
    星新一のショートショートで、同じ人同士で、ある時は客の立場でクレームをつけ、ある時は店員の立場でクレームを付け合う、という社会の話がありました。一種のディストピアですが、現実問題、常にお客様の立場でいられる人ばかりではありませんし、どこかで揺り戻しがくるのではないかなぁと思っています(楽観的?)。

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