平和という内戦

小学生の時、戦争の反対は平和だと習いました。これについては、熱いの反対は寒いというようなものではなく、なんとなくイデオロギーを感じるために、いろいろと疑義の言説もあるかと思います。

まぁ私も人並みにひねくれているので、人並みに疑うわけですが、一応受け入れてもよいかなぁ、と思います。実際、鉛玉や爆弾が飛んでこない状態は平和だ、という考え方はできるように思われます。

ただ一方で、平和とは内戦である、とも強く思います。

もう少し具体的に言うと、平和とは敵がいない代わりに、隣人が競争相手になることです。逆に、戦争とは敵がいる代わりに、隣人が仲間になることです。

結局のところ、敵軍に向かって銃を向けるのか、隣に向かってペンを突き付けるのかの違いでしか、ないのかなと思います。どちらが良いのかは一概には言えないかもしれません。私は銃よりはペンのほうがまだ向いていそうなので、平和でよかったのかもしれませんね。

いい加減にみんな、隣人を崖に蹴落とし合うことに疲れて、肩を組みたがっているのではないか、という風にも、また感じます。そのきっかけが起きるのかは何とも言えないところですが、火種は燻っているように感じます。どうせそうなのであれば、徴兵でもなんでも、銃器の扱い方を教えてほしかったなぁと思う今日この頃です。

この記事をいいなと思っていただけた方、よければ高評価・チャンネル登録……はないので、コメント・SNSでシェア・ブックマーク、RSSフィード登録を、よろしくお願い致します。

コメント

コメントする

目次