貧富の格差は、尊厳の格差

富裕層課税と言うべきものが出る度に、「金持ちを貧乏にしても、貧乏な人が豊かになるわけではない」ということが言われる。これ自体はそのとおりだと思う。政府の再分配は期待通りに働かないし、そもそも利益を生み出す人のリソースを奪うことが全体の利益になるかは疑問だ。

一方で、「そうは言っても金持ちはより金持ちになっている」こともまた事実である。貧富の格差はここしばらく広がる一方だ。さらに日本の場合は所得の中央値が下がっていることなどを見ると「金持ちはより金持ちに、貧乏人はより貧乏に」なっている。

そしてこの貧富の格差は、単に経済的資本のみならず、尊厳の格差ではないか、と感じる。尊厳とは何かは難しいので、もう少し砕くと、少なくとも社会的地位、あるいは社会的な扱いの格差、とは言えるように思う。所得はやたら低いが社会的な扱いは滅法良い、という職業はあまり知らない。

扱いというのは目に見えないが、確かにあるもので、また相対性が強いものでもある。全員が一位のコンテストはやるだけ無駄だし、欺瞞だろう。我々は順位をつける。隠蔽しても無駄だ。人は脳内でランキングをする。だからランキングの上位を目指して努力する。

ここで、所得というのは資本主義社会においてもっともわかりやすいランキングの指標の一つだ。だからこそ、所得は低いが扱いは良い、というのは存在しづらい。所得そのものが扱いの中に入っていると言っても良い。

そして全員が一位になれないことから、扱いというのはどうしてもゼロサムゲームになりがちである。人は人を比較する。

したがって、貧富の格差というのは、とりもなおさず扱いの格差ではないか。

また、その差が本当に実態を反映した差と言えるかも疑問だ。我々は相対で見るといったが、相対で見た時、少しの差が過大に見えることがある。

たとえば平均100に対して、110のものと105のものがいたとする。絶対的には5%に満たない差だ。しかし現実には、+10と+5と見られる。つまり、2倍の差があるように見られる。さらに95の者は悲惨で、絶対的には95あるのに、相対的に-5、マイナスとみられる。

人間は皆絶対的な存在のはずなのだが、実際的には、平均からの乖離という形で見られ、しかもその差は絶対的なものより遙かに過大に見られる

しかも、その差が立ち位置として次の戦いでは地の利として働く。これはトランプゲームの大富豪を思えばわかりやすいだろう。勝者は次のゲームで敗者とカードを2枚交換できる。これは圧倒的な有利を生む。そして現実の大富豪は、カードの枚数もカードの交換枚数も青天井である。よって格差は固定され、その差は開いていく

一般に、競争は活力を生むが、それは下剋上の期待があるからであって、ランキングの動かない競争は、全員一位のコンテスト並にやる意味が無い。というかそれを競争といっていいのか、もはや疑わしい。

しかし、現実的にそのような状態に社会がなりつつあるように見える。あるいはもうだいぶなってしまっているのかもしれない。それについて自己責任的な論理展開は可能だろうが、しかしそれは現実の説明であって、現実を変えるわけではない

こうしたことを考えると、富裕層課税のような言説が支持されうるのは妥当に思える。課税自体は、期待した効果をもたらさないどころか逆効果になりうる、という見立てについては僕も同意するし、そうであるから支持しない。しかし富裕層課税は貧乏人のルサンチマンだ、と一蹴すべきでもなかろう。現状は歪んでいるので、なにか変えなくては、というのはそうだと思う。

構造的には、資本主義はどこまでも資本であるので、なんらかの形で資本には還元されねばならない。少なくとも貧富の格差が拡大し続けるのではなく、ほどほどの差の中で入れ替わるのが望ましい。だが望ましいといってもそうなるわけではない。

また、先のとおり資本の格差は扱いの格差という側面があり、むしろそちらが本質なのだとすれば、再分配は解決にならないだろう。資本は再分配できるが、扱いは再分配できない。階層はむしろ固定化されてしまう。

だがこうなるとなんとも袋小路で、状況は悪化する一方に思える。AIは期待されているが、今のところ既存の権力を強化しているだけに見えるし、下剋上の兆しは見えない。別に人間は技術革新のために生きているわけではなく、序列の自然な入れ替わりがないのであれば、結局根本的な問題は解決されない。社会は歪む。

実際、インフレでモノ不足の中で巨大データセンターに巨額の資金が流れ込んでいるのだが、今のAIで作られているものといえばディープフェイクと著作権侵害動画、そして失業者だ。歪んだ社会では作られるモノも歪んでいるし、役に立たない。もっとも、AI自体はアシスタントとして個人の役には立っているのだけれど、それだともう完成してしまっており、市場の期待に応えていない。

そうすると、結局のところ、大きなショックがきて現在の歪みがリセットされる、といういつもの流れしかないのかもしれない。ただその形と、その先が見えない。

この記事をいいなと思っていただけた方、よければ高評価・チャンネル登録……はないので、コメント・SNSでシェア・ブックマーク、RSSフィード登録を、よろしくお願い致します。

コメント

コメントする

目次