独身男性が死ぬのはラーメン食ってるから

X見たらまたなんか荒れていたよ。

本日のニュースは「独身男性は孤独で家系ラーメン食ってるから早く死ぬ」とのことであった。これはニュースなんだろうか。

さて、これについては当然のことながら侃々諤々なのである。しかしまず独身男性であるところの僕が認識しなければならないことは、たとえ死んでも「どうせラーメン食ってるからだろw」で社会から一蹴されるという現実だ。

これは議論を目的としたものではない。だから、反論することは完全に無意味なんだね。自己責任と社会的問題の境界について話すのは本当にただ時間の無駄だからやめよう。実際のところ、こういうことを言う連中は独身男性が本当は何を食べているのかに関心はない。食生活も、運動習慣も、交友関係も、完全に全く関心がない。心の底からどうでもいいと思っている。

そうなんだ。彼らのやりたいことは単に殴打であり、暴力なんだ。死んで当然と嘲笑うことで快楽を得たいだけであって、それが事実であるかどうかについてはどうでもよい。独身男性とは単に消費の対象であり、搾取の対象である。

暴力に言葉は通じない。力に通じるのはただ力だけ。

でも、別になにも物理的に力を行使をする必要はないんだね。ただ、何もしなければいい。本当に何もしなければいいんだ。社会が自分を想う程度に、自分も社会のことを想えばいい。それで社会がどうなっても、それは社会の自己責任。僕がどうなろうと僕の自己責任であるように。

何も思い悩む必要はないんだよ。思い悩む余り死に至ろうものなら、死因は「どうせラーメン食ってるから」として処理されるのが現実なんだから。どうすれば社会の役に立てるだろうかなんて、思い悩むだけ無駄だね。それくらいならすべてを投げ出して、今を生きよう。

僕自身にとって、もはや社会とはそいうものである。お互い様だね。しかし、わずかながら思いかけてくれた人は幸運ながら記憶にある。その記憶がある間は、それなりにやるだろう。実際のところ、それが僕がこの社会に対して残している最後の灯火みたいなもんだよ。

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