文明が衰退する歴史の証人になれるかもしれない

ゆうべはおたのしみでしたね。

5月のアメリカの雇用統計が思ったより強かったということで、利上げ不可避なのではないか、と市場が狂乱しているようだ。ドットコム・バブル崩壊の引き金は利上げだったようだけれど、今回もそのパターンになるのか、どうか。

これ自体は所詮金融的な話なので、市場が狂乱したところで2026年のナラティブにおいては「そして勝者が残り真の成長が始まる」ということになる。私見では、財政的な観点からそりゃちょっと楽観的に過ぎるんじゃないか、と考えており、それについては何度か記事に書いてきた。

まぁどうなるかは神のみぞ知るといったところではあるものの、金融的な話とは別に、物理的な限界に達しているんじゃないの、ということを最近は考えている

端的に言うと、「エネルギーの総供給が総需要に追いつかないから」とまとめられる。僕らのやっていることは、つきつめるとエネルギー変換といえるが、その変換するエネルギーの総供給が減るため、その出力も減らざるを得ない、という非常にシンプルな見方だ。

しかしこの危機感自体は割と古典的なもので、このままでは資源が枯渇するからSDGsだいや火星に移住だと騒がれていたりなんだりしてきた。SDGsは完全に欺瞞であったので、怪しい目で見られるかもしれない。

しかし、人類が化石燃料を燃やして今の文明を築いている、とは単に事実である。化石燃料は長い年月をかけて圧縮された命の塊だ。数億年かけて圧縮された太陽エネルギーの化学的なバッテリーと言ってもいい。我々はそのエネルギーの缶詰を破壊して、人の代わりに働く機械なるものを作ったり、プラスチックを作ったりして、今の文明を築いている。当然化石燃料は地球のエネルギー貯金であるから、取り崩し続けていればいつか枯渇するのは単に算数であり陰謀ではない

それで資源の枯渇が叫ばれていたわけだが、実際には資源が枯渇するよりも先に、1日あたりに供給できるエネルギーが需要を満たすことができない、という形で逼迫することになりそうだ。

少なくとも2026年の原油供給は2025年を下回らざるを得ないし、それを補填する代替エネルギーがすぐにわいてくるわけではない。シェールオイルはエネルギー収支の観点でよろしくなく(当たり前だが)油田の代替にはなり得ない。それにも関わらずAIのおかげでエネルギー需要は爆発的に増える見込みであり、これはつまりAIがほか産業のエネルギーを奪うことを意味する。

AIには本来素材レベルの革命が必要で、現状は真空管と同軸ケーブルでYouTubeを作ろうとしているような感じだ。しかし現状その目処はたっていない。それで世界中のエネルギーをぶんどり始めたという感じで、PCメモリの高騰騒ぎなどはその序曲だろう。

これでは破綻が目に見えているため、SMR(小型モジュール炉)という夢の延命策が打ち出されており、これは一応の筋はとおっている。原子力はその元となる資源がウラン鉱石で、これも結局地球の貯金には違いないものの、間に合いさえすればしばらくの延命にはなるのではないか。SMRは最後の切り札と言える。

社会的には、そうして時間を稼いでいる間に核融合炉を実用化させるのだ、という物語があるかもしれないが、僕はこれについてはかなり否定的だ。太陽電池もそうだが、薄く散らばっているものを集めるものは、システム全体で見た時結局ペイしないように思われる。それがペイするなら資本家によってメガソーラーがメガソーラーを産んでいるはずだが、現実には再エネ賦課金は高くなり続けており、補助金の範囲でしか禿山を作っていない。本質的に似たようなもので、机上の計算で熱力学第二法則をクリアしたとしても、社会全体の系で見て果たしてペイするのかどうか。いずれにせよ今の文明、ましてAIを維持できるほどのエネルギーを供給できるようなものとは思えない。

結局のところ、我々は自然の恵みがつくった貯金を崩すことを進歩と嘯いてきたのだと思う。それで、木材、石炭、石油、ウラン鉱石ときたのだが、ウラン鉱石が石油を超える資源にならなかった時点で、詰みだったのかもしれない。まぁエネルギー密度もポータビリティも素材としても最高の石油がすごすぎたということなんだろうが…。

そんなすごすぎる石油の実質的な供給は2000年代なかばに既に天井だったとされている。これは石油の掘削コストが年々悪化しているからで、それでもなお他資源と比べて最強なのだが、いずれにせよいわゆるピークオイルは仮説ではなく過ぎ去った過去と言える。個人的にもこの20年は世界的に停滞していたというのが肌感だ。そして総供給がさらに減っていくのであれば、これは明確に衰退を意味するだろう。しかもその中で所詮計算機に過ぎないAIに過度なリソースの分配がされるのであれば、それは衰退を加速させるだろう。

そんなわけで、僕はこれから社会、というより文明そのものが衰退していくと考えている。昨日できたことが今日できない、そういう日がくる。ただその時間軸だけが確定できないのだけれど、文明の衰退は遠い未来の話ではなく、生きている間に起きる現実になるんじゃないかな。

これはかなり強烈な意見なのは自覚しているというか、一般的には狂人の戯言になるんだろうか。まぁあまり吹聴する気はないのだが、ブログに書くくらいはいいだろう。しかしそのブログも、維持できなくなるということになるのかな。まぁ楽しめる間は楽しんだらいいじゃない、セルフホストとかさ…。あるいは、僕の言っていることが全然外れていたら?ブログが続く。やったね。

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