荷物をバラして積み直す

興味を惹かれたツイートがあった。

高校の時に派遣バイトでこの手の荷卸しやったなぁ。港湾の倉庫で40ftコンテナからパレットへ。
「パレットごと積み込めよ…」と思っていたものの、よくよく考えれば我々の給料(日給6千円)よりもパレットの体積分の荷物の売上利益の方が大きいことに気付いて、世界の不条理さを噛み締めたのでした。

さすがに人手不足の現在6,000円からは上がっているのではないかと思われるが…どうなんだろう。まぁでも、今でもあまり高くはないのだろうし、同じことをやっているのだろうということは、ツイートのさらに元ツイートまで遡ると示唆される。これは、労働者が安すぎることによって効率化がすすまない、とは言えるだろう。

昔の自分なら、それを前提に本来のあるべきだった姿みたいなのを考察したような気もするんだが、今は少し思うことが違う。

たしかに資本効率の観点から言えば、バラして積み直すよりも、容積効率を犠牲にしてでもパレットごと積んだほうが良さそうだし、というかそうあるような仕組みにすべきだ、となる。

一方で、資源効率の観点から言えば、より少ないエネルギーで大きな仕事をしていると言えて、これは積み直したほうが正しい。決して不条理ではなく、極めて合理的で意義のあることで、本来は誇るべき仕事だと思う。

まぁ元ツイートの環境は、資源効率を考えているわけではなく、単に資本効率の結果エネルギー資源よりも人的資源のほうが安かった結果と思われる。扱いが低いと仕事に尊厳も感じられず、単に搾取されているような気分になるであろうし、実態としてそうだったのだろうと思う。

しかしやっていることは、省エネルギーな我々がその筋力と空間能力と器用さによって、限りある化石燃料でより大きな仕事をするお膳立てをしているのであって、もし世界で本当にSDGsと呼べるものがあるならば、これがそうなのではないか。少なくとも、SDGsの講演をするために鉄の塊を飛ばすより明らかに化石燃料を節約しているといえる。チャリで来い。

化石燃料には限りがあること自体は、左派の思想信条ではなく物理的な事実でしかないのだから、その節約は地球上で我々の文明を延命させるのに必要なことで、意味がある。問題はそのように考えられておらず、単に搾取になってしまっていることだ。

現実として我々の社会は資源主義ではなく資本主義だし、SDGsは資本主義をさらに蛸壺化させた欺瞞でしかなかった。なので本当に持続可能に繋がる人のちからは今なお軽んじられたままだ。

ただ先のとおり資源は有限であるから、資本主義の理屈においても、いつかはエネルギー資源と人間は資本効率において逆転することにはなるだろう。多くの人はロボットやAIによるディストピアを想像するのが好きだが、現実にはロボットもAIも少なくとも省エネルギーの観点で人類にボロ負けしているし、熱力学の法則を捻じ曲げる力は持っていないので、基本的な未来予想図は変わらない。できるできないの前に、機械を動かす燃料が足りない。

ただそこまで資本主義がわからされるまで待つことになると、相当追い込まれていることが予想される。自動化どころではない。人間ができることを機械にやらせるのはもったいない、となっているだろう。といっても資源主義的にはそのほうが本質ではある。

できるだけ早い目に考え方を転換すべきだとは思うものの、とはいえ短期的には資源を持っているならそれを燃やしまくってミサイル撃ちまくって支配者になるほうが、その時点における人々にとっては有利なので、無理なのかなぁ。結局人は相対的な生き物で、文明を維持するために生きているわけではないからねぇ。

現状、僕は社会的にはもはやどうにもならないので、個々人が出来る範囲で対策を打つしかない、となってしまうのだけれど、その対策というのも具体的に考えるとけっこうなことになってしまうのだよね。難しい。

このままいくと、想定より早く、少なくとも僕が生きている間に目に見えて崩壊が進み、けっこうな人が認めざるを得ないところまでいくだろうと思っている。まぁどうなったとしても、その答え合わせはしたいので、できれば長く生きたいなぁという気持ちだ。その間は、今の文明の中でやりたいことをやるしかない。

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