バカみたいに高くなるメモリのせいで、PCが高くなって、そういえばAI PCって言わなくなったなぁと思う今日この頃。まぁAI PCなんて、メーカが売りたがっていただけで、ユーザでほしがってる人は見たことないしなぁというか、そもそもみんなPCで何してるんだろうと、ふと思った。いや、まずPCを持っているのだろうか。
PCの所有率
軽く調べて見ると、なんだか調査によって結果に随分とばらつきがある。「年齢階層別にパソコンの世帯普及率の実情をさぐる(2024年公開版)(不破雷蔵) - エキスパート - Yahoo!ニュース」は内閣府の調査をベースにしているが、全体で7割くらいはPCを所持しているのに対し、「Z世代のパソコン所有率、3割未満に/4人に1人が「テレビ番組は見ない」【日本インフォメーション調査】:MarkeZine(マーケジン)」では半分にも満たないようだった。まぁ調査対象はもちろんだが、前者は世帯所有率で後者は個人所有率であるので、その差が大きいか。確かに、家にある誰のものとも言えないPCを、自分が持っていると言えるかどうかは微妙だよね。
しかしまぁ、全体の傾向として以下は言えるだろう。
- PC所有率はピークを超えて減少傾向
- 若者はむしろ持っていない人も多く、一番持っているのは中年
ま…それはそうかな、と思う。僕も学生時代はブラウジングのほかは2ちゃんや音楽や画像の管理をしたりで、今それらはスマートフォンやタブレットでも機能的には十分に見える。ってことは、職業的な専門性や趣味がないとPCを使う必要に迫られない。大学生ならレポートのためにPC買うだろうけれど、逆に言うと大学行かなかったらPC使わないまま社会人突入だろうし、仕事でしか使わなかったら、PCの楽しさなんてわからないものな。
PCの楽しさ
PCの楽しさ、か。考えてみたらなんだろう。考えてみると、以下があるように思う。
- 生産
- 管理
- 徹底した調査
- 大量の閲覧
生産
生産とは、こうしてブログを書いたり、プログラミングしたり、イラストや動画を制作したり、SNSでつぶやいたり、オフィスソフトでデータをまとめたり、といった活動がそう言えるかな。最近はこれらをスマホやタブレットで十分だ、という向きもあるのだけれど、少数派だと思う。だいたい生産する人は、他のこともハードにやるので…。
管理
管理とは、つまりデータ管理にあたる。テキストやオフィスソフトのデータはもちろん、音楽や写真、絵、動画など、あらゆるメディアをファイルとして整理して保存する。
ま…最近はこれもスマホでクラウド上に送るだけって人も多いのかな。写真なんかもう自分で管理している人のほうが少数派だろうし、音楽に至っては管理どころか、ストリーミングが主流になってしまったね。
でも今でも、好事家は手元に置いて整理しているだろう。特に生産する場合、この管理は必須の要件にあたる。
徹底した調査
徹底した調査とは、徹底して調査することです(某大臣風味)。スマホでAIにちょっと聞くとか検索するとかではなく、まぁ何枚をウィンドウを並べて、データを保存し、整理し、まとめて、ああでもないこうでもないと考えるその一連のプロセス、その結果としてのなにか。
まぁ生産の一種かもしれないのだけれど、創発的に生み出そうとすることと、今あるものをなんとか拾い集めてくることは、個人的には区別したいかな。いずれにせよスマホやタブレットではしんどい。アプリひとつでどうにかなるものではない。バラバラのデータを、自分が主体となって再構築する作業は、PCじゃないと難しい。
大量の閲覧
受動的な閲覧にしても、PCはその大画面と高い処理能力、充実した入力インタフェースにより、圧倒的な体感を提供する。スマホなんかデカいと言っても所詮6-7インチ程度、27インチやら31.5インチある大画面の一覧性と比べたら雲泥の差。一覧性、豊富な情報量、高い表現力、それらを実現しようと思えば、やはりPC、となる。
PCとクラウド
逆に言うと、上記にあげたことをしないのであれば、PCは不要だ、ということになる。実際、人生においてそんなものは不要、という人の割合は多い気がする。PC所有率はまだまだ高すぎるくらいかもしれない。
一方で、本当はもっと使いこなせたほうがいい人、というのもこれもまた多すぎる気がする。たとえばクラウドにデータを預けっぱなしにしていたら、サービス側の誤射でアカウントBANされたりなんだりデータが破壊されてしまった人なんかが定期的にトレンドになるが、ああいう人は本来目の前の箱をもっと有効に使うべきだった典型じゃないかな。
まぁこの10年、クラウドが大いに流行りすぎたせいで、トレンドに敏感な層ほどクラウドに傾倒してしまったきらいはある。むしろ本来ローカルのPCを大事にすべき人ほど、率先して自分のデータを雲の上に差し出していたのは皮肉なことだ。
もっともこういう僕も、まさに音楽管理で喜んでApple Musicを使った結果、ライブラリを滅茶苦茶に破壊されて嘆いたりなどの洗礼を受けている。当時は本当にそれが最先端だとみんな信じ込まされていたのだし、今のその流れはある…というか今なおメインストリームかもね。かもっていうか、そうかな。そうだろうな。残念だけど。
今更AI PCと言われても
PCに関して言えば、出来ることはどんどん減ってきたように感じる20年だった。スペックは上がっているのに、奇妙なことだ。しかしスペックが上がるのと反比例するように、機能の実現はむしろクラウドに移行した。実際の処理は雲の上で行われるため、PCとスマホの違いはインタフェースくらいになってしまった。
実際、前述したPCの楽しさとしての4つの項目も、ほとんどはインタフェースの差異からくるものだと思う。大きな画面、キーボード、マウス、そして複数のアプリを同時に立ち上げられること。まぁせいぜいその程度かな。そのアプリも、なんというか、まぁ、商業アプリか、いくつかの定番が残っているだけで。
何を考えているかと言うと、本質的に処理ないし計算と言えるようなことを、目の前でPCにどれだけさせてきたか、ということについて違和感がある。写真や音楽の管理のようなまさに個人がPCでやればよいことも、全部クラウドでやっている。それは他人のサーバだから、自分でいじれることが多いわけじゃない。
そんな中でAIブームがきた。メーカはこぞってAI PCだというけれど、別にPCにAIがついたからといって、今更やりたいこともない。データは全部雲の上にあって自由にできない。
それでもなおAIを使った面白いアイディアを考える人はいるかもしれないけれど、署名の金が払えないので作ったソフトはOSによりマルウェア扱いで一般人はインストールもままならない。そもそも個人制作のアプリはもう検索に出てこない。といって企業は金にならないことはやらないし、そもそもリスク回避が第一なので先進的な試み自体にハードルがある。
結局、OSの胴元がなんか売り出そうとするのだけれど、それはなんだか背景を消したり会議のノイズを消したりメールのドラフトを書いたりディナーの予約をしたりといったもので、バカ高い金を払う理由にはどう考えてもならないものだ。
まぁつまり、今更AI PCと言われても、AIにさせたいほどのことをPCでやっている人自体が既にごく少数派になっている。家族の写真すら、多くの人は目の前の箱に入れていない。そのように先導してきたのは、まさにPC業界そのものであった。ただOSのアップデートを言い訳にして売ってきただけだった。性能アップを、OSを重くするだけに使ってきた。それが一番楽だったんだろうな。
AIブームでPC業界はむしろ苦しいわけだけれど、業界全体でツケを払っているんだろうなぁ、と思う。
<関連記事>


コメント