内密出産を増やす!

最近なんかずっとXで国民民主のニュースばかりでてくる。今度は内密出産がどうのってさ。

【法案提出】議員立法「内密出産法案」を提出 | 新・国民民主党 - つくろう、新しい答え。

内密出産ってなにそれと思ったら、病院など限られた関係者にのみ知らせて秘密裏の出産になるらしい。行政上の扱いは新しい戸籍で、子ども自身にも親の存在はわからない。ただ手続きとしては、おとなになったら開示の権利はある……が、ただし、それは親の同意があった場合のみ、となるそうだ。育てることは愚か、周囲に生まれたことを知らせることさえも拒絶した親が、その権利の命運を握るらしい。

「親に育てるどろこか存在を知られることさえ拒絶され、親が誰かもわからない子ども」に相当する言葉を僕はしっているのだけれど、その言葉は多分言ってはいけないのだろう。

まぁ今更僕がブログで社会に気を使うこともないか。要は捨て子やね。気に入らなければ「親に育てるどころか存在を知られることさえ拒絶され、親が誰かもわからない子ども」と嫌味ったらしく言い続けてもいいけど不毛だし。言葉を変えても事実は変わらない

変わらないんだけれど、それでもそういうわけには絶対にいかないんだね。そりゃそうでしょ。捨て子を国家が認めることの是非なんて命題にしたら、誰だっていいわけ無いだろとしか言えない。少なくとも、それをそのまんま認めてしまうと、国家の国家たる規範を維持できない。そんな国家は支持されないことを知っている。

そりゃそうだ。もし人間になんの感情もないただ合理的な存在Xならば、望まない妊娠などというもの自体起こり得ない。それはただ入出力の結果だ。しかし現実はそうではない。だから望まない妊娠はあるのだし、そしてまさにそれと同根で、捨て子の制度化などと言われれば人はそれを認められない

なので国家の対応としては、とりあえず「そりゃ捨て子ということか」なんて不躾なやつの口は塞ぐ必要がある現代においては規範によって塞がれる。そんなこと言うやつは女性の人権に対する配慮が足りない、差別主義者だ、という規範を前提とすることで、人の感情を揺さぶる強烈な一言を公の場から追放するわけだね。

そして公の場では何を話されるかと言うと、子どもの知る権利との兼ね合いや、外国人による不正な国籍取得の可能性とか、病院側の管理負担と実効性であるとか、そういう外形と手続きの話に終始するわけだ。

でもみんな腹の中で思ってることは「そんなことしていいと思ってるのか」なんだよそう言えない時点で、もう既に歪みなんじゃないのかなぁ

まぁ正直これは本来いろんな意見あるはずなんだわ。たとえどうあっても遺棄のような最悪の事態を防ぐ可能性があるならいいんじゃないかって人もいるだろうし。

僕の意見を言うなら、まず望まない妊娠という事態が既に取り返しのつかないことなのであって、そこで出産だけ外部化したところで意味ないし、生まれた命は当人とその周囲が必死になってなんとかするしかない。その結果が悲劇になったとしても、それでも制度が引き受けるべきだとも、引き受けられることだとも思わない。これは制度の、外形の問題を超えている。国家が立ち入ってはいけないし、立ち入ることも原理的にできない

これは表現に気を使っており、本質は外さないようにかつそのまま出しても一応問題ないようなラインにおさめたつもりだが、それでもなお主観的な差別主義者の誹りを受ける可能性はある。みんなそう言われたくないから、結局、「子どもの知る権利を軽視していませんか」という言葉になるわけだ。それで察してねというのが現代的ということになるらしい。

まぁ政治家ならそうなるのもわからんでもないが、少なくとも市民はもっと素直に話していいと思うし、そうすべきなんじゃないの。みんなの議論見ていると、それは本音じゃないよねってずっとそればかり引っかかる。

権利とは抑圧である。1984の世界を生きるのは疲れる。

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