都知事選の選挙公報を読んで途方に暮れている

冗談という概念をそのまま印刷したような都知事選の選挙公報を見て、どうしたものかと途方に暮れた。SNSでは口の悪い人が「これは賞金首のリストか?」と言っていたが、実際のところそうであればよかったのにと思わされるものであった。しかし7月7日には誰かに入れなくてはいけない。さてどうしたものか。

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N党について

選挙公報を見てまず目につくのは「NHKに受信料を支払う人は馬鹿だと思います」という文言である。これが金に目の眩んだまとめサイトの広告のようにあちこちに差し込まれている。選挙公報はN党のDMに成り下がった

しかし、僕は元々こういうシステムをおちょくるような行為自体はけっこう面白がる方だ。こんなしょうもないハックをされるほうが悪いとすら思う。なので、実を言うと「よくやるなぁ」と思わず出た言葉には呆れだけではない感嘆もこもっている。しかしながら、それ以上ではない。

N党のこれまでの活動を評価できないからだ。確かにN党の浜田議員は良い議員だと思うし、N党でなければ生まれなかったのはそうだろうが、しかしそれだけだ。まぁそれだけでも評価に値する、と言いたくなってしまうほどに昨今の国会議員は碌でもない連中ばかりだが、それにしても党としてはやはり評価できない。

その理由は単純で、彼らはNHK問題に真摯に取り組んでこなかったと考えるからだ。別に僕は彼の本音や本心がどこにあるかに関心はないが(人の心は見えないので)、実際にやってきたことからそう評価せざるを得ない。

彼らは反論するだろうが、僕だけでは無く世間もまたNHK問題というN党のコアについて評価しているとは考えづらい。というのも、以前、NHKがスマホを持っているだけで受信料を徴収しようとしているのではないか、と推察されるようなニュース記事が上がった時、多くの人がSNSで怒りを表明していたが、その時N党に触れた人がほとんどいなかったからである。「N党は何をしてるんだ」というのであれば、まだ期待されているとも見なせるが、話題にすらのぼっていなかった。もう誰も期待していないのだ、彼らに。だがN党は、少なくともNHK問題では必ず思い出される存在でなくてはいけなかった。それができなかった。

自身が国会の議席を取れるほど支持された理由を、N党は、というより立花孝志は、見誤ったのではないか。彼が最初に言った「NHKをぶっ壊す」このメッセージが響いたからこそ支持されたということを、彼自身がわかっていなかったと思えてならない。政治家女子は本当に意味がわからなかった。お家騒動のゴタゴタの果てに、ようやくNHK問題に取り組むことを表明していたものの(記事は失念した)、遅きに失したと言わざるを得ない。残念だ。

独裁者の卵みたいなのもちらほら

毎度のことかもしれないが、「ぼくのかんがえたさいきょうのせいじ」を語る独裁者の卵みたいな人もチラホラ居る。その中でも間抜けな人間は、国家そのものに関わることに限られたスペースを費やしており、東京と日本の区別がついていないことを露呈している。供託金を払って自身の無知を宣伝しているのだから、ご苦労なことだ。

だが中には、賢くまたマスコミやネットの世界で名が売れた人たちもおり、危なっかしさを感じる。賢いだけあって、巧妙に自身の毒を隠しているが、毒を持った大蛇である。彼らの特徴は、孤立、またはファンはいても仲間がいない、あるいは少ないことだろう。ひょっとすると自身をリーダシップがあると思っているかもしれないが、アジテートが得意なだけだろう(それも能力には違いないが)。根本的に他者を馬鹿にしている、あるいは自己の価値を異常に高く見ている者に、人を信じることはできない。人を信じらればリーダシップもない。あるのは煽動と命令だけだ。

彼らを毒を持った大蛇とわかっていながら、今いる妖怪を打ち倒してくれるのではないかと期待して、中には大蛇に少し噛まれながらもなお支持を表明する者すらいるようだ。非常に危険だと思う。大蛇も社会の構成員には違いないが、権力を持たせるのは誤りだ。世の中に一発逆転はない。我々の社会は時間をかけて腐っていったのだから、時間をかけてなおしていくしかない。それはとりもなおさず、我々一人一人の意思にかかっている。スターの皮を被った大蛇を勇者に仕立て上げてショートカットを望むのは、良い結果にならない。

負担を増やそうとしている

全体的に苛立つのは、これ以上さらに負担を増やそうとしているものが非常に多いことである。さすがに「増税する」と言う者は少ないが(いないわけではないことに驚く)、「支援」「無償化」のような言葉で誤魔化している者は非常に多い。当たり前だが世の中本当にタダのものはなく、無償化とは「今その場で払うのではなく、給与から天引きされる」を言い換えたに過ぎない。なんなら見えなくなる分負担の総量は増えることになるだろう。

重要なことは、負担の総量を減らすことだ。だから立候補者の一部が主張する都民税の減税は良い政策である。また、規制改革や行政の効率化も良い。そのためには行政の透明化も必須である。これらは良い施策である。

また、産業の振興や施設の誘致を訴えるものも、全体の富を増やすことだから、こういった主張も良い施策である。ただし、医療・福祉業界に関しては、その原資が保険料つまり実質税金であることから、効率化は良いが、単純に彼らの賃金を増やすなどは負担増に繋がることに注意されたい(そもそも賃金は政治家が決めるものではない)。効率化して人を減らしたうえでの賃金増ならば良いが(それは他の生産産業に労働者が従事することも意味するのでたいへん素晴らしい)、そういうわけでもなさそうなので。

減点法ではよくても……

だがこれまでの観点で落第しなかったのは、AIエンジニアを名乗る安野たかひろ氏くらいのものである。しかしながら、減点法で脱落する粗はないものの、総花的であることは否めない。なぜそう感じるかと言えば、「なぜ、何をしたいのか」が見えないからだろう。これについては、大蛇たちを見習ってほしいと思う。彼のnoteに記者会見の全文があがっているが

今回、政治の世界から遠かった私が都知事に立候補をしたのは、まさに今こそ、東京の未来のビジョンを描くことが求められているのではないか、と思ったからです。

エンジニア兼作家が東京都知事選挙の出馬表明記者会見をした会見全文|安野たかひろ

この言葉に実感を伴って共感できる人がどれだけいるだろうか。財閥企業に頼まれたコンサルが作ったプロジェクト理念のようだ。

それでも誰かに入れなくては

ということで、前回に引き続き今回もまた、誰一人として良いと思える人が居ない選挙戦となった。しかしながら誰か一人は選ばなくてはならない。現実的には現職の妖怪小池百合子vs蓮舫で、それ以外の候補者への投票は死票覚悟の意思表示ということになるだろう。

これほど気の滅入る選挙戦も中々ないものだ。どうしたものかな……。

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