移動が多いと電子書籍は有難い

最近特に移動が多くなってきました。今週などは一日として同じところにはいられない模様です。移動が多いと無駄も多いのですが、車の移動なら英語のリスニング、電車の移動なら読書といった具合に、少しでも無駄を減らしたいものです(実際は車の移動中はだいたい一人カラオケになっているのですが…)。

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Evernote プレミアムからプラスに移ろうと思う

Evernoteは個人的に応援しているサービスです。すべてを記憶する、というキャッチコピーにはたいへん魅力を感じます。まぁ、現実には記憶すると今度は「引き出す」ことが課題になるのですが。闇雲にデータを保存してもまず使いません。そこにEvernoteの難しさがあると思います…が、そのことについては今回は触れません。

Evernoteはいわゆるフリーミアムモデルというやつで、無料サービスで間口を広くしておき、一部のサービスを特に気に入ってくれたユーザーに有料のプレミアム版を提供することで収益をあげています。私もまたプレミアムユーザーで、毎年Evernoteに4000円を支払っています。そんなEvernoteですが、最近プレミアムとフリーの中間にあたる、新しいプランを提案しました。プラスというやつです。「Evernote ベーシックを無料で入手するか、プラス版またはプレミアム版にアップグレードできます。 | Evernote」によると、月の容量が1GBに増加し、またスマホ版でのオフラインノートブックなどプレミアム機能で特に必要とされやすいものを使えるもので、たいへんよく考えられた、ユーザーのニーズに即したプランだと思いました。利用料はプレミアムの半額にあたる年額2000円、機能を思うとたいへん良いプランです。少なくとも私の必要としているものはプラス版でほぼ満たされます。次の契約からは半分の料金で済みそうです。

ところで、最近Mac版Evernoteが不安定な気がします。一日に一度は強制終了している印象です。まぁ何か実害があるわけではないのですが…。

なんだかんだでExcelで家計簿をつけているこの頃

2016年11月10日追記:MS Office 2011のサポート切れが来年に迫り、移行しようと現在はLibreOfficeのCalcを使っています。Excelのほうが安定していますが、Calcでも十分です。

家計簿をつけています。私の母は昔からずっと紙でつけており、それはそれで俯瞰性があり良いとは思うのですが、デジタル世代の私としてはやはりコンピュータを利用したい。家計簿の付け方は色々試していて、Zaimといった家計簿の支援アプリを用いたり、オープンソースで費用のかからないLibreOfficeを使ったりしていました。そしてあれやこれやとしてきて、なんだかんだでExcelで家計簿を付けるようになった今日この頃です。このブログでは何度かMS Officeについてネガティブな意見を述べていますが、Excelです。何故だろうと考えてみました。

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食べれば太るし食べなきゃ痩せる…自分の身体という実験素材

当たり前といえば当たり前のことなのでしょうけれど。4月からずっと体重の記録をとっています。オムロンの体重計を使っていて、スマホのNFCでオムロンのサーバーにアップロードしてグラフ化していました…が、Withingsのほうが良さそうということで、今は手打ちでWithingsのアプリにて入力しています。

体重を記録するのは大事なことですね。レコーディングダイエットなどというのがあるのもわかります。自分の体重を常に把握していることが、日常生活での一つ一つの判断に影響を及ぼすのでしょう。身体というのは本当に正直で、ちょっと最近食べ過ぎたかなと思えば太っているし、反省して控えたら痩せていくし。

情けないことに出てきた下っ腹を引っ込めたくて、意識して活動し、記録をつける今日この頃ですが、自分の身体ほど面白い素材はないのだなと感じます。私はよくジョギングしますが、「あー疲れたしんどいこれは頑張ったな−」という時はタイムが遅くて、「俺もうちょっと頑張れたんちゃうかな」という時はタイムが早かったりします。つまり身体のコンディションが思い切り影響しているということでしょうが、いったいなにが違うのだろうと考えてみると、前日までの睡眠時間が影響しているような気がしてなりません。まぁ実際はそんなに影響するのかどうか、わからないのですが、実感として。こういったものも、一度ちゃんとデータをとってみると、何かわかるのかもしれませんね。こんなに面白い実験素材が身近にあったことに、今さらながら気づきました。

なんだか早速死語になりつつあるような気がするウェアラブルですが、昨今はヘルスケア機能がガジェットにも付加されてきて、記録・分析好きのデジタルオタク趣味と健康管理がいい具合に融合されてきました。始めて間もない私ですが、これは思っていたよりも、私向きで面白い趣味かもしれません。

格安SIMで一ヶ月3GBはなかなか多い

IIJmioと契約しています。最低の料金プランでSMS付き、税込み1125円かな。これで使える容量が一ヶ月3GB。有り難いことに、使いきれていません。

しかしながら、最低料金プランですし、別に使いきらないといけないというわけではないのですが、貧乏性の私はもらえるものを使わないのはなにか損したような気分になります。なので、ちょっと気持ち贅沢に使っているつもりなのですが(時々電子書籍をダウンロードしたり)、全然です。5月も下旬ですが、いまだに4月分に付与された3GBを使いきれていません(バンドルされた容量は2ヶ月間使うことができます)。

動画を見ないからなのでしょう。私はYoutubeもニコニコ動画も、とにかく動画コンテンツを見ません。理由はいろいろありますが。見たとしても、Wi-fiのある落ち着いた環境下でのみでしょう。携帯回線で見ようとは思いません。そんなわけで、相変わらず4月分の3GBさえまだ使い切れないまま残っています。

最近出てきたDMMなどは、かなり細かな料金設定を行っているようで、1GB,2GB,3GBと段階的に引上げていくことが可能です。私の場合は2GBくらいが恐らくちょうどよいのですが、しかしまぁ料金がどれだけ変わるかというとせいぜい月々150円かそこらといったところです。SIMを作る料金、手間、また使い切れないほどあるという安心感を考えると、まぁ現状維持が最適解になりましょうか。しかし、かなり限定的にしか使わないことがわかっている人であれば、今後の料金プランとして、3GBがミニマムのIIJよりDMMのほうがよいということはあるのでしょうね。

いずれにせよ、少し前の通信事情を思うと、たいへん素晴らしい進歩を遂げたものだと思います。

大阪都構想の意志を継ぐ人はいるか

先日、大阪市で大阪都構想の是非を問う住民投票がありました。今を生きる日本人で知らない人はちょっといないのではないかというほど、かつてないほどに人々の関心を喚起した画期的なものでした。住民投票の投票率は66.83%と非常に高い記録を残し、これだけ人々に政治への関心を一時的とはいえ寄せさせたというだけでも、非常に意義ある投票であったと思います。

結果自体は、周知のように都構想(というよりその足がかりとして大阪市の解体ですが)は否決されました。70万vs69万票という僅差での決定です。大阪市民でもない私はさほど積極的に情報を集めていたわけではなく、私が見ている範囲でのニュースフィードやブログの記事等から、なんとなくけっこうな差で否決されるのではないかな、と思っていたので、この僅差は驚きでした。私自身は都構想については賛成派なのですが、この惜敗に、どういうわけか非常に悔しく思えました。何か政治的な活動をしていたわけでも、平生から政治的な主張をしていたわけでもないにも関わらず。つまり、私は橋下さんのことを好いていたのだろうと思います。実家に帰った時などに時折テレビでその姿を見かけるだけでしたが、それでもそこから滲み出る必死さ、懸命さに、私は深く共鳴したものです。

橋下さんといえば、否決の結果から、以前より公言されていたように、橋本さんは政治家を引退することになりました。これについてもまた賛否両論ありますが、市長自体は任期を任期を全うするわけですし、それ以降の身の振り方については彼の考え方として理解するしかないでしょう。何をどうするのが正しいという問題ではありません。ネットでの感想を見ていると、いずれ帰ってくるはずだと彼の言葉を信じない支持者がいたり、これで彼はいなくなると彼の言葉を信じている不支持者がいたりするのは面白いものです。人は自分の見たいものを見たいようにしか見ないという一例といえるかもしれません。一方で、彼が言うのだからもう帰って来ないのだろうと嘆く支持者、いやいやヤツの言うことなど信じられるか、いつかまた帰ってくるともしれない、気をつけろと警告する不支持者もいます。こちらのほうが筋は通っていそうです。私といえば、ハナから人の言うことを信じるタチでもありませんので、気が向けば戻ってくるだろうし、どうにもならなければ戻ってこないだろうと思っております。まぁたいていの人はこういった感想かもしれません。希望としては、戻ってきてほしいと思っています。

しかし戻ってくるには、自分から戻るというのはあまりに厚顔無恥ですので(いまさら橋下さん自身も政治はやりたくないでしょう…これこそ橋下さんの不支持者が考える展開ではないかと)、それなりにお膳立てが必要です。意志を継ぐ人が活動を続け、基盤を築き上げ、舞台は整った、さぁ今度こそ、というお膳立てです。果たして、それを出来る人がいるのか、どうか。いや、それはもはや問題ではないか。橋下さんが戻ってくるこないに関係なく、活動を続けられる人自体、どれだけいるのか。

多数決主義は民主主義の原則ですが、少数派への配慮なくして成り立つものではありません。ですので、通常これほどの僅差となれば相応の配慮が勝者側にも求められましょうが、どうも今回の住民投票はそのようなものでもなさそうです。勝者総取りと言うと聞こえは悪いですが、そういった投票であったように思います。したがって、これから、維新の会というか、都構想、あるいはそれに準じる勢力に対する逆風は凄まじいものになるでしょう。その中で、橋下徹という稀有なリーダーを失ったまま、戦っていける気骨のある政治家がどれだけいるのか。それは非常に少ないのではないか。政治家とて人間ですから、私にはそれを責められません。

ではもう大阪都構想は潰えたかというと、そのような評価も多く見ますが、私はそうとも言えないと考えています。橋下徹一人が大阪を大きく揺るがしたように、こういったことは数では測りきれないものがあります。つまり、たったひとりでも、都構想の意志を引継ぎ、研鑽を重ね、地道に活動を続け、そして天に恵まれれば、どうなるかはわからないということです。否決とはいえ半分の支持を集め、さらによく報道されているように70代以外のすべての年代では過半数が賛意を示したのですから、基盤がまったくないわけではありません。私としては、橋下徹の復活劇よりかは、そちらを望みます。今回の敗因も、あまりにも橋下徹一辺倒であったことがあるでしょうから…。

私には私の日々やるべきことがあり、ここでせいぜい一国民として考え方を述べる程度ではありますが、一人の人間があれほどのエネルギーを賭して主張した構想を無下にはしたくありません。意志ある政治家が一人でも多く生まれることを願います。私自身もまた、少しでも勉強し、賛否はともかくとしても、周りの人たちと一つ一つの事柄について、考えを深めていけたらと思いました。