お一人様のゆくえ

こういうお腹がムズムズしてくる記事がありました。

欧米で広がる「ソロ・ムーヴメント」。なぜ今、「結婚しない生き方」が流行るのか? | 日々刻々 橘玲 | ダイヤモンド・オンライン

結婚したいけど出来てないシングルと、ワイは結婚しないだけのソロを分けて、また単に友達いないさんの孤独と選び取った孤立は違う的なムーブメントの話です。作家の橘玲氏の言説は面白いのでよく見ていますが、これについては全体的に10年前の議論という印象を受けました。実際橘玲氏は10年前既に同じ事言っていた気がします…。

こういう議論自体は確かに未だ続いているのでしょうけれど、個人的には次のステージに入ったのではないかと思われます。全体としては独身研究家とかいう謎の専門家として名を馳せている荒川氏による、中間層の不本意未婚が2015年以降増えたという指摘のほうがより重たいのではないでしょうか。日経新聞でも取り上げられていたようです。

https://x.com/wildriverpeace/status/2097527899180163411?s=20

より生々しいのは、このツイートの数日後に同氏が投稿した、まず2005年に男の結婚しない率が上昇した後、2015年に女の結婚しない率が10年遅れて上昇したという指摘でしょうか。

https://x.com/wildriverpeace/status/2099540800061481455?s=20

この10年の遅れを見ると、氷河期世代の男がまず結婚を早々と諦め、女はむしろまだ結婚に希望を見ていた中、市場から良い男がいなくなっていることに10年かけて気づく様が、ありありと目に浮かぶようです。

ここにおいて、ソロかシングルかという主観的な問題よりも、その手前にあるそもそもカップルになれないという物理的な現実のほうが、切迫した問題であるように思います。

目次

経済問題としての少子高齢化

荒川氏の議論においては、基本的にこの問題は経済問題であるという指摘です。このスタンスは客観的かつ思想的に中立なので、多くのメディアで取り上げやすいでしょうし、人々にとっても比較的受け入れやすいはずです。私も氏の指摘はそのとおりであると思います。

しかし、単に経済問題だというのであれば、しばしばよく言われることですが、だったらなぜ貧困国の出生率は高いのか?という疑問が生じます。これには様々な回答が出ますが、基本的には貧困国で子供は労働力であり経済的に便益がある一方、先進諸国においては子供は投資費用が大きいから、というような感じになるかと思います。

まぁこれは実際そうで、児童労働は固く禁じられていますし、家業ならといっても家業なんかある人はもはや少数派ですし、また教育期間がひたすら長期化していきました。理系では修士が当たり前にまでなったのはここ15年くらいの話です。ちょうど僕が大学院を中退したのが15年前なのですが、あのへんでその流れは確立したように記憶しています。当時はまだ学士もそれなりにいましたが。学士にしたって、相当の期間ですけどね。

ま、とにかく教育コストが馬鹿高くなっているわけですが、このように子供を持つことのコストが嵩む(それを身を持って知っている)ようになったので、これは結婚に対するハードルを著しく上げます。さらに子供自身も、一人前になる頃には30近いことがザラです。自分が子供に毛が生えた程度なのに、子供どころではありせん。

教育の長期化というバグ

このバグのような仕様の根幹は、恐らく教育の長期化にあります。修士までいくと24-25歳から社会人スタートになってしまうのですが、それで人間の生物としての成長や、また肉体的な限界が変わるわけではありません。また社会的な空気感も追いついておらず、27-28にはキャリア10年目くらいの安定した生活基盤と熟練した仕事ぶりを求めますが、現実にはせいぜい3年目の仕事に慣れてきたペーペーです。人によっては奨学金の返済もアリ!

しかもこのような教育の長期化が激化したのは、奇しくも女性の社会進出と時を同じくしています。これによって、女性は出産の限界年齢という物理的・生物的な制約はそのままに、社会人スタート開始時期のみ遅くされ、しかも自己実現なくして人生なし、なお自己実現とはキャリアそれ以外認めない、とでも言わんばかりの社会的なトレンドの中で、現実的に出産とキャリアを天秤にかけることになります。

これでは、時を経て中間層の再生産が完全に止まったというのは、これは論理的にも当たり前のことが当たり前に起きた、という風に思います。もしも中卒が普通、高卒は学問の才覚アリ、大卒は学術のプロ、という世界線であったならば、先の問題はかなり無効化、少なくとも小さくなったはずです。

根底にあるリベラリズム

ここにおいて、そもそも一体何故教育は長期化したのだろうか?という疑問が生じます。企業の青田刈りの実態を見ていると、大学の教育内容を企業が重視しているとは少なくとも言えなさそうです。

これについて確たる答えがあるわけではないのですけれど、国家にとって体の良い先送りであったことは一因かと思います。

日本の場合はバブル崩壊後に就職氷河期がありましたが、これはつまり人余りを意味します。その中で若者を社会に滞留させる器として大学は機能したものと思います。後に高学歴ワーキングを爆誕させる礎となったポスドク量産化計画も、この流れにおいて通しやすかったでしょう。

しかしこれは日本特有の事情です。教育の長期化はグローバルな傾向ですので、グローバルな下地があるはずです。日本はむしろ後追いでしょう。

考えていくと、1980年代、欧米はものづくりで徹底的にやられ、ブルーカラー雇用壊滅について言い訳と新たな物語が必要であったはずです。そこへ、IT・金融の知識労働へのシフトと、リベラル左派の教育と自己実現はピタりとハマったことでしょう。イギリスでは労働党のトニー・ブレアが大学進学率50%など掲げていたようです。

結果的に、IT革命・ドットコム・バブルを経て知識労働路線は大当たりとなり、この方向性は正しかったと大いに力づけたことでしょう。日本もまたこの流れに追従し、そんな日本で大学教育を受けて2010年代に遅ればせながらIT系を志した私が、リベラル的な思想をかつて相当内面化していたのはまったく不思議ではないですね。

リベラル左派はフェミニズムも内包してますから、教育の長期化に女性の社会進出もセットで加わり、現在の地獄の礎が出来上がります。彼らの思想だと、そもそも社会の再生産みたいなの興味ないですしね。ま、それは現実的に先送りで、今まさに先送られた請求書が届き始めている、といった感じです。現実を誤魔化した嘘は続きませんや。

振り返ってみてうんこ

このように、確かに表面的には経済問題として噴出している少子化、未婚の問題なのですけれど、その原因を考えると教育の長期化があり、その教育の長期化の元を辿っていくと、欧米のものづくり敗戦とリベラル左派のナラティブが繋がってきます。橘氏の記事のような思想信条、リベラル的な価値観の問題は、古い問題ではなく、今なお根底にあるのだと思います。

まぁこれはあくまで私が勝手に考えていることではあるんですけれど、似たような言説について最近はよく見るので、私も恐らくそこらへん影響を受けて組み立てているものと思います。ま、なのでこの問題意識もまた、現代的なんじゃないでしょうかね。

最後に、まがりなりにも教育を受けて、2010年代以降の労働市場に出て、30で上京し、10年ITエンジニアとして命をすり減らして思ったことはですね……ほんと碌でもない思想だから、若い連中はマジで気をつけろ、絶対無自覚に内面化されているから、俺がそうであったように、たとえSNSとか見て自分は反発しているという自己認識でも、確実に内面化されている、大きな影響を受けている。そして同年代以降は、時は取り戻せない以上、せめてここから少しでもマシな未来につなげて行くしか無いのでお互いがんばりましょうや、というとりとめのないことをおしまいです。

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