福田康夫元首相の訃報を聞きました。享年90とのことで、大往生ですね。
政治家は長生きな人が多い気がします。ストレスフリーの仕事には見えないし、やっぱり生命力が違うのかな。あるいはトータルで見れば少なくとも実権握っているだけあって報酬のほうがでかいのか。それとも図太いのか。
福田元首相についていえば、政治家としては割と繊細そうには見えました。とりあえず思い出したのはミームにもなった迷言「あなたとは違うんです」。名誉か不名誉かで言えば不名誉な部類かなぁと思いますけれど、しかし若干の愛着もあるような感じのミームだったと思います。2ちゃんねるの勢いがまだ残っていた時期ということもあり、AAも流行っていました。けれど、特にバカにされていたとか、嫌われていたというような印象はないですね。ガースーなんかもそうですが、愛称ってそういうもんです。
そういう微妙な機微は今の社会からは失われつつある気もします。道徳的な二元論になりがちというかな。実際このニュースについても、SNSなんか見ると強い感情(意味深)を発露する人もいるわけですが、それに対して「故人になんてこというんだ人でなし」みたいなのもあったりします。
個人的にもまぁ、死人に言うことではあるまいと思う一方、政治家ってのはそういう仕事だろう、とも思います。特に時の宰相ともなれば影響力は大きく、その政治的決断によって生活が激変した人も、なんなら生死に関わった人もいるでしょう。
私としても、生前の栄誉を称賛するような気分にはなりません。また、もとより御冥福をお祈りいたしますのような定型句を言うのは、儀礼的なふるまいが大事だという考えもありますが、私は何も言っていないのと同じでは?と思う性質なので、儀礼的な場でない限り言いません。少なくともネットは儀礼の場ではないと思います。なので、その代わりに思い出を語るわけです。その語られ方は親しい人、直接知らないが尊敬する人、しない人、それぞれ変わりますね。
その中でも激しく憎んでいる人の場合、私は社会的な良識よりも自分の感情を優先するものと思います。ま、実際には今のところ訃報を聞いた時に最後の痛罵をするだろうとまで思われる人は幸いなことに(?)いないんですが、今後どうなるかはわかりません。
そんな感じなので、かつて絶大な権力を得た政治家に対して、社会的な良識を超越する激しい感情を伴うことは理解できます。まぁ実際は、別にそこまでの感情があるわけでもなく、単に人の死に対する実感がないだけ、という可能性もありますが…。
ま、有名人の訃報についてお悔やみの言葉以外は不謹慎だ、というのもそれはそれで極端かなぁと思いますし、特に政治家、まして総理大臣まで経験したとなれば、そりゃ最後まで色々言われるでしょう。最後の仕事とすら言えるかもしれません。なんならこれからも……言われるかな?言われる方が華かもしれませんね、政治家の場合。あなたとは違うんです。フフン。
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