[書評] 人工知能は人間を超えるか:一般向けとして硬派な入門書

[最終更新] 2016年11月16日

本書は人工知能の研究者・松尾豊氏による2015年の入門書で、一般向けだと思いますが、非常に硬派なつくりとなっています。今の人工知能の研究者は、長い冬の時代を耐え忍んできた人たちなので、これがまた一過性のブームではないんだ、という想いが強いのでしょう。世間一般の強い期待、逆に分野の近い研究者たちからの冷めた目に答えるべく、本書では、既にできていること、できそうなこと、できそうにないことを、意識して明確にしようと努めているようです。

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適正な期待値を求めて

胡散臭い目で見る研究者に対しては、ディープラーニングという技術によって、人工知能は既に実用の段階に入っている、もうこれは使える技術なんだと訴えかける一方で、一般の人には、これ(ディープラーニング)がSF映画などから想起されるような、夢の技術ではないことを示しています。

特に印象的なのは、「人工知能はまだ出来ていない」と断言しているところでしょうか。純粋学究的な意味において、人工知能とは本当に人工的に作られた知性であるべきだが、今はまったくそのような状況ではない。そもそも、人工知能という言葉自体、研究者の数だけ定義があるような、実は曖昧な概念であるようです(本書では、人工知能学会誌の、研究者と人工知能の定義の表を以ってそれを示しています)。人工知能という言葉から想起されるものは人それぞれですが、それはつまり、まだまだこれだと思えるようなものが出来ていないからなんでしょう。確かに、人工知能は出来ていない

とはいえ、それでは実際的な議論はできないので、世間一般で言われている人工知能とはつまりどういうものなのか、本書では4つのパターンに類型化しています。

  1. 単純な制御プログラム…家電にありがち
  2. 古典的な人工知能…将棋のプログラムや掃除のロボット
  3. 機械学習を取り入れた人工知能
  4. ディープラーニングを取り入れた人工知能

歴史的経緯を踏まえながら、本書が熱く語るのは、4つ目のディープラーニングについてです。これがこそ、人工知能が三度世間の注目を浴びる要因となったものです。

ディープラーニングが注目されるわけ

本書において、過去の人工知能研究がいかにして壁にぶつかったか、そしてそれをディープラーニングにより超えることができるかもしれないものとしています。具体的には、以下のような壁があったとのことです。

  • 知識を集めれば賢くなるが、多すぎて記述しきれない
  • 関係ある知識だけを取り出して使うことは難しい「フレーム問題
  • シマウマがシマシマのあるウマだと理解できない「シンボルグラウンディング問題
  • 特徴量を用いる機械学習において、何を特徴量とするかは人間が決めなくてはいけない

これらの壁によって、人工知能は過去大いに期待されながら、頓挫しました。大きなブームは二度あり、特に日本においては第5世代コンピュータの名の下に多額の予算を計上されながら、あまり成果が得られなかったということもあります。そうして、人工知能は冬の時代を迎えるわけです。実際、私の学生時代も、人工知能というのは、基本的には「終わった分野だ」と異分野の研究者には思われていたように思います(少なくとも私のいた研究室のスタッフは、そのように考えていたと思いますし、私もなんとなく調べて、そんなような印象を受けました)。

しかし、ディープラーニングならばこれらの壁を超えるかもしれない。ディープラーニングは、特徴を自ら見つけ出すことが出来る、特徴から「概念」を取り出せれば、それに名前を付けることでシンボルグラウンディング問題はクリアできるし、特徴を使って知識を表現すれば厳密にフレーム問題は解けなくても、そうそう問題は起きないだろう(人間もフレーム問題は厳密には解いていない)、と。

つまり、ディープラーニングで「概念」なるものを獲得できるかもしれないとしているのですが、この概念の説明で突然言語学者ソシュールが出てきて、記号とは概念(シニフィエ)+名前(シニフィアン)であり、概念(シニフィエ)を自ら獲得できるかもしれない、というように説明されています。うーん、ここでいきなりソシュールが出るあたりに、違和感を感じます。こういう時は、だいたい飛躍があるときです。多分、一番説明が難しく、また一番の頑張りどころで、かつポイントなのだと思います。

ディープラーニングにより概念(シニフィエ)を獲得する、これはつまり、どういうことなのか。ここまでがだいたい4章の内容で、5章以降で、ディープラーニングの技術的な説明をしてくれます。

概念を獲得するとは

天気予報などを通して、ディープラーニングで特徴を獲得する具体的な説明をしてくれるのですが、これがなかなか難しい。正直、ここは実際に技術に触れないとちゃんと理解できないだろうと思います。少なくとも、今の私にはかなり荷が重かった。

ただ、実例をとおして朧げながら、イメージは掴めます。実例の中でも、Googleのネコは、ディープラーニングの本では必ず紹介される、有名でわかりやすい例で、本書でも取り上げられています。Youtubeなどから適当に画像を切り出して、コンピュータに学ばせたところ、ネコに反応するようなノードを得ることができた、と。あとはそれにネコのラベルを貼るだけ(その作業は人がする)。これは確かに、ディープラーニングが概念を獲得する、の具体的な意味として理解しやすい。

また、この例で、Googleだからできた膨大な計算量についても触れています。昔できなかった計算が、今は出来るということも、重要です。ただ、ふと思ったのは、私が目を通した他の入門書では、むしろそういった点がことさらに強調されている印象なのですが、本書はそこまで強調しません。多分、そこは本質ではないということでしょう。

人工知能は人間を超えるか

ここまでの多くの記述の後に、最後にようやく、表題に直接答えるような話。表題に対する答えは、本書においてはNO、あるいは現時点で心配することではない、でしょうか。ディープラーニングで概念を獲得したとしても、それはイコール知能をもつことでは到底ありまえん。純粋学究的な人工知能には、まだまだ遠い。そこに至る糸口さえつかめていない。

この問題について考えるとき、キーワードはシンギュラリティ(技術的特異点)です。等比級数a[n]=r*a[n-1]においてr>1となるような時がくるのか。つまり、人工知能が自分を超える人工知能を自ら生み出せる日はくるのか。これは、先の特徴表現を学習する話とは、随分離れた話です。自己再生産とは、そんな簡単なものではない。

総評

全体的に、非常に硬派な入門書だと思います。勉強になりました。内容は熱がありながらも慎重です。最近はテレビでも人工知能が取り上げられることが多くなりましたが、それによって無用な心配をしている人も多い印象です。そういう人には、本書の内容を噛み砕いて説明できれば、よいかもしれません。

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