ガチャについて思うこと

[最終更新] 2016年11月16日

先日「ソシャゲ的ガチャを実装したドッジボールをするとカオスになる|僕らのガチャガチャドッジボール物語*ホームページを作る人のネタ帳」という記事を、笑いながら読みました。少しでも課金ガチャというのに触れたことがある人なら、きっと面白いと思います。

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なくならないガチャ

ガチャといえば、一時期はコンプガチャで社会的にも大きく取り沙汰され、規制がかかり、ガチャは滅びる、なんて論調もありましたが、実際にはそんなことはなく、今なおガチャは隆盛しており、問題はなくなっていません。

ガチャは、やればすぐにわかるのですが、やらないとまったくわからない問題の一つです。したがって、スマホゲーム(およびブラウザゲーム)をやる層は限られていますから、メディアが意図的に問題として取り上げなければ、社会全体での問題認識としてはまだまだ至らないのでしょう。

実際のところ、ガチャはまだまだなくなりそうもありません。先の記事では、ガチャを「公式の一時的チートツール」と喝破しています。恐らく、このようにハッキリと言語化するほどに考えてはおらずとも、利用者は皆そういったものである、ということは感じているでしょう。にも関わらず続いているのですから、それはつまり受け入れられている、と考えないわけにはいきません。先の記事を読んで賛意を示すのは、元からガチャを問題であると認識している、あるいはそう感じている人だけだろうと思います。なお、問題だと思っていることと、実際に課金しているかどうかは、別の問題で、わかっちゃいるけどやめられないのは人間の悲しくも愛すべき性分です。

一回5,000円のガチャ

ガチャについては多くの論点があるので、どうにも議論が錯綜しがちなのですが、私としてはまず、動くお金の大きさが気にかかるところです。ガチャをやらない人で時々勘違いしているのは…また、私自身ガチャに触れるまで勘違いしていたことでもあるのですが…数百円の課金で人より有利になるなら、手を出す人も出るだろう、という認識です。この認識は大きな間違いで、数百円の課金では有利になどなれません。誤差です。一昔前のことはわかりませんが、少なくとも今現在、課金で優位にたとうと思ったら、たいがい、月数万はかかるんじゃないでしょうか。それでも、人によれば一昔前は優位にたとうと思えば月数十万という世界だったとの話ですので、まったく別次元です。

私が初めてガチャを見て仰天したのが、3000円や5000円といった単位のガチャが目玉として普通に出されており、またそれを平然と何十回も回す人がたくさんいたことです。狂ってるなぁと思いましたし、今なおその感覚は変わりません。実際、それだけの大金をポンポンつぎ込める人というのはネット上では目立っても全体では決して多くありませんので、少数のユーザーが大金をつぎ込み、そこに一定の微課金ユーザー(せいぜい月数百円程度)と大多数の無課金ユーザーがぶら下がっている、という構造で、よく言えばフリーミアムモデルといえばそうなのですが、真っ当なフリーミアムモデルの代表格であるEvernoteのプレミアムサポートで要求する金額が年額4,000円、DropboxのPro版が年額12,000円、などであることを思うと、いったい物の価値とはなんなのだろうかと考えこんでしまいます。

とにかく、額が大きく、際限がありません。

個人の問題と社会の問題

一つ誤解のないよう言いたいのは、別にその人の課金行為そのものについてアレコレ言ってるのではないということです。自分の金をどう使おうが人の勝手であり、身も蓋もないことを言えば、ほとんどの人は他人の金のことなど関心はありません。しかしながら、人が集まって大きく経済的な動きを形成したとき、そこには、社会的な影響力が否応なく出てきますから、それについてはやはり思う所があるわけです。それは私や、私の親しい人、私の所属する組織、業界、そして国にも影響を及ぼす可能性があるので、他人事ではなくなってきます(逆にいうと、規模が小さければ、ほとんどのことは見過ごされるものですし、規模が大きくなれば、ほとんどのことは問題になるものです)。

ネット上では、このミクロな個人の問題とマクロな社会の問題をごっちゃにしてやり合っている光景が非常に多く見られます。両者に関連性はありますが、同じ土俵で考えることは無意味です。

ガチャは続く

まぁそうは言っても、ガチャに対する問題意識は今のところ漠然としたものです。ゲームがガチャばっかりになったら嫌だなぁとか、子供がハマっちゃったらどうしようとか、友達がハマって金の無心に来て友情に亀裂が(というブログ記事を読んだことがあります。普段ゲームのことなど書かないブログなので、よほど堪えた体験談だったのでしょう)とか、まぁその程度のものです。私にしても、先に上げたとおり動く額が大きすぎる、これが日本のソフトウェアの稼ぎ頭だなんて(皮肉にも、日本でもっともソフトウェアエンジニアを評価している業界でしょう)、虚しいなぁといった程度のものです。あと、他のゲームを見てもガチャ、ガチャ、ガチャで多少ウンザリしたこともあります。同じようなデザインのブログばかりで嫌になった思い出に近い(そう言いながら今はよくあるブログを構築しています)。これが俺のかつて夢見たインターネット社会なのか、という気持ち。まぁ、漠然としたものです。

コンプガチャは恐らくやり過ぎたのでしょうが、未成年者への課金額の制限など、今のところ業界は大きく問題にならないゾーンというのをよく見極めているように思います。ガチャに代わる何かは提示できていないし、この流れはまだまだ続くのでしょう。それなりに時間つぶしできてしまうのも事実なのですが、なんでしょうね、このモヤモヤ感。

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