記事を闇雲に書いても仕方ないといっても、記事が受けるかは上げてみるまでわからない

[最終更新] 2016年11月16日

ブログをしている人間なら、必ず一度は目にすることになる助言が「なんでもいいからとにかく毎日記事を書け」というアドバイスです。やってみればわかることですが、これはなかなかたいへんです。どんな文章でも、ちゃんと書けばそれなりに時間がかかります。

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量より質というものの

そうして頑張って書いたところで、果たしていったいこの記事を誰が読むのだろう?という疑問が脳裏をよぎります。そしてアクセス解析というのをしてみると、たいていの記事はやはりあまり読まれていない。ブログを始める人は多いが、続けられる人は多くない。

そんな中で「毎日書け」というのは、なかなかどうしてたいへんなアドバイスといえます。そこへ目につくのが「アクセスは記事数に比例するわけではない」という主張。曰く、量より質。アクセスの大半は少数の記事が占める。毎日書くことに拘泥せず、人を集める質の高い記事を書け。

その記事が求められているかは上げてみるまでわからない

量より質とはまったく正論だと思うのです。問題はその記事が人を集めるかは上げてみるまでわからないことです。「ちゃんと書いた記事はそれなりにアクセスを集められる」という主張もありますし、それについては頷けるところもあるのですが、しかしブログ全体のアクセスに寄与している記事を見てみると、私としては、必ずしも時間をかけて丁寧に書いた、質について自信のある記事ばかりではない…というより、むしろそういった記事は正直なところ少数で、「この記事がアクセスされるものなのか」と驚くことのほうが多いです。

まぁ考えて見れば、温度センサLM75Bや大昔のROMライターPECKER11の使用方法について書かれた記事よりも、Mac miniの新型で素敵なのが出たらいいなぁというつぶやきのほうがまだしも面白く感じられるという人は多いでしょう。それはそうだろうなと思いつつ、あの記事ただのぼやきなんだよな、と思ったり、なんだり。

不思議なもので、マスというのは平均的であるはずなのですが、一人ひとりを見てみると、誰も彼も平均とは外れた趣味嗜好を持っているものです。平均的嗜好とは、あらゆる人がもつ嗜好の否定論理和ではないかと疑いたくなるほどです。これはいけると思ったものが、だいたい外れるのも道理といえましょう。そうして考えると、打てる玉は多いほうが良い。10回打てば9回外れるかもしれないが、1回が当たればそれで十分なのだから、よーく狙って一回だけ打つよりも、だいたいで10回打つほうが良いというものです。

毎日書けばチャンスは増える

そういうわけですから、やる気があるなら毎日書け、というにべもないアドバイスは、結果的にまぁそこそこ的を射ていると思うのです。別に決心したわけではないのですが、当ブログもここ二ヶ月ほどはできるだけ毎日記事を更新しております。結果、日によるものの、概ねとしてアクセスは以前より30%程度増えているようです。まぁ、いつまで続くのかはわかりませんし、果たしてどれだけ人様の役に立てているのかな、とも思うのですが…。まぁ、役に立つかというのもありますが、書いていて楽しいか、というのもあるので、プレッシャーにならない程度にマイペースにやっていきたいものです。

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