ユニバーサルコントロールでYouTubeボックスと化したMac mini

今年もあと僅かか……やりたいことたくさんあったけれど、人生の時間は短いな……。

それにしても、思うことをつらつらと書いていたら存外長くなった。それで記事を分割している。テーマを決めて書くのではなく、とりとめもなく思ったことを書き綴る、ブログとは本来こういうものだったのではないだろうかと、10年以上続けながらいまさらながら思っている。

誰が見ているかもわからないが、初心に返って書き綴っていこうと思う。

目次

生活

ユニバーサルコントロールは便利だが時々失踪する

カーソルが。見失うとかではなく、失踪する。何も操作を受け付けなくなる。

しかしこのMac2台体制は非常に便利。多少の不具合があっても使う価値がある。僕のユースケースにバッチリあっているのだ。

Mac mini(YouTube上映中) <--(2mくらい)---- エアロバイク上でMBP

なんのこっちゃという感じだが、こういう感じで使っているんだよね。31.5インチディスプレイに繋いでいるMac miniを、エアロバイク上から楽しめるわけよ。

いや、それだったらFire Stickとか使えばええやんと思われるかもしれないんだけれど、持っているディスプレイ、すでに入力ポートが埋まっていて、Fire Stickをつなげる口がない。

また、Fire Stickのリモコン操作はなんだかんだで使いづらい。前はFire Stick用のキーボードまで使うことがあったが、なんかもうそれだったら普通にPCのほうがええわ!と思うこと多々。Chromeのエクステンション使うことも多いしね。結局、PCのフルブラウザ最強伝説なんです。

ということで、ユニバーサルコントロールは僕にとってキラーコンテンツであった。

陰キャと陽キャ

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ニュース

トリエンナーレの例のアレ

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ちなみに僕は自由主義の立場から司法の判決を支持している。表現の不自由など最初からなかった。はっぴぃえんど(?)。

ドイツサッカーに学ぶプロの力とその責任

「ドイツはもうだめ」まさかのGL敗退にメディアもショック 衰退指摘も - NewSphere | NewSphere

僕はサッカーに興味がないし、ワールドカップも見ていない。どこの国が勝とうが負けようが、基本的にはどうでもいい。

なのでドイツの敗退自体はどうでもいいんだが、彼らに関して言えば、口を塞ぐという政治的な意味をもったパフォーマンスを行っていたことについて、思うことが少しある。

まず感じたのはネガティブな感情である。僕は別にサッカー選手が政治的であっはいけないとは思わない。技術者は政治のことなんか口出しせず技術のことだけやってればいいんだ、と外から言われたら怒るだろう。政治はすべての人間が関わることであって、黙っていろなどと言われる筋合いはない。たとえそういう規則があったとしてもだ。知らん。

だがそれを本業である試合にパフォーマンスとして持ち込んだ場合、少なくともその瞬間は、プロとして誰に見られても恥ずかしくない成果を出さねばならない、とも思う。本業をきっちりこなしたうえでのパフォーマンスだからこそ意味がある。

たとえば技術者が、その特権を利用し政治的パフォーマンスをデバイスやWebサイトに持ち込んだとして(どんな状況だ?)、少なくともその瞬間は、絶対に故障や障害を起こしてはいけない。パフォーマンスのタイミングで障害なんか起こしたら、それは完全にネガティブキャンペーンになってしまうだろう。

パフォーマンスはロジカルなものではなく、人間の情感に訴えかける行為だ。非常に浪漫的なのである。然ればこそ、パフォーマンスの瞬間には、その成功のためにすべてをかけないといけない

果たして、彼らはかけていたんだろうか。「格下の日本」だと舐めてかかっていたんじゃないのか。馬鹿にしていたんじゃないのか。少なくとも、そう言われても仕方がないだろう。もし僕が彼らの立場なら、あらゆる批判を甘受しなければならないと思う。

実際、彼らは今めちゃくちゃ馬鹿にされている。

カタールテレビの解説者、W杯敗退のドイツを嘲笑 口塞ぐポーズまねる(1/2) - CNN.co.jp

まぁ仕方ないことだなと思う。プロには力がある。同時に、厳しさもある。

大いなる力には大いなる責任が伴う -Unix系OSやる人なら誰もが見るスパイダーマンが元ネタのアレ-

どこの世界でもそれは変わらない。

YouTube

Snapchat

へー、Snapchatってこういう感じなんやね。3人は楽しそうだけれども、大人だといや業務連絡だからっていう温度感の調整が難しそう。ただ正直なんか監視ツールっぽいなとも思った。見る時間が限られていること、閲覧状況が確認できるのがなんとも……。

しかし、連絡をいつでも届けられるということに感動した僕らの世代と違って、連絡をいつでもできることが当たり前の世代にとっては、こういう一期一会の演出が受けるのか。人間とはどこまでいっても満足できない生き物なんだなぁ……。

地味に日本にきたケビンの父にほっこりした。

多分……僕はこれ全然楽しめない……。

納税のありかた

高橋洋一の動画は時々見るが、この回はとてもよかった。防衛予算という案は非常に面白いと思ったが、財務省を経由するので納税された分予算を減らすに違いない、ということを言っていてなるほどと思った。だから「全省庁で認めればいい」と。

僕はもともとふるさと納税は筋が悪いので筋論的に反対に近かった(と言いつつ利用していた)のだが、これについては考えが足りていなかったなと思う。考案者の高橋洋一が言う「国民側が税の使いみちを決めることが本質」だというのは、確かにそうだと思うようになった。なので、今は賛成だし、ここを突破口にして官僚をすっ飛ばした納税を実現できないものか、と思う。

財務省に納税する人はいないだろうなぁ。

ナーシャ・ジベリ

ナーシャ・ジベリの伝説はゲーム好きならよく聞く。今となってはハードの限界に迫るようなプログラミングは太古の技術になってしまった(組み込みだとそうでもないのだろうか)。いつも思うんだが、坂口博信はいったいどこでナーシャ・ジベリを得たんだろう。そしてナーシャのためにアメリカまでいく行動力。経営者としての力量、間違いないよなぁ。

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