2022年1月31日 三十も半ばになると自分自分じゃダメらしい

自分のことでいっぱいいっぱいなんだけれど、最近仕事でもプライベートでも、何かと教えることが多い。三十も半ばになれば、そういうものなのかもしれない。

  • 若手の教育
  • 甥の家庭教師

そうはいっても、自分の勉強もしっかりしなくては……。ううん、忙しい……。

試験の考え方

若手に「テスト手順作っといてね」と言って、数日たっても出来上がらず、どうも引っかかっているようだなと引き継いで検討したら、10分程度で方針が固まってしまった。1時間もあれば具体的なテストケースを作れるだろう。うーん、仕様が伝わっていないところはあったようなのだが、それを差っ引いても「どこでそんなに引っかかったんだ…?」と小首をかしげてしまった。

放置しておくのもどうかと思い、音声チャットで(リモートワークであるため)呼び出して聞いてみたのだが、どうも、テストする際のデータセットをいかに設定すべきかの指針がなかったようだ。なので、やたらとテストパターンが増殖してしまい、当人も「もっといいやり方あるんじゃないか」とは思いつつ、どうにもならなかったという感じのようだ。

正直僕はソフトウェアテストについてなんら手習いを受けたことはなく、必要に迫られて、左のような何冊かの入門書籍を読み、後は実地でああでもないこうでもないとやってきた身なので、人様に教えられるご身分ではない。

しかし今回については、境界値と同値の考え方を用いれば、まぁそれなりに良いかなと思えるテストケースを作れるので、簡単にレクチャーした。当人は得心したように見えるが、果たして、といったところだ。

それにしても、確かにまぁ体系立てて教えたわけではないのだが、自分でも何か違うのではないかという自覚があるのであれば、まずソフトウェアテストにどういった手法があるのかを調べるものではないだろうか、というのが後々になって気にかかった。

僕も先週まで特に忙しく、質問されてもあまりちゃんと答えられなかったきらいはあり、そのことについて申し訳ない気持ちはある。しかし、うーん、何かもっと根の深いところで、伝えなくてはいけないことがあるように思えてならない。

僕のキャリア(なんて大層なものではないが)は、品質管理から始まった。当時やっていたのはレーダーシステムだったので、ほぼほぼハードウェアだったのだけれど(一応ソフトウェアの試験もあったが、ハードに比べたらオマケみたいなものだった。それもいかがなものかと思うが)、そこで学んだ心構えというか、基本的なスタンスみたいなのは、ソフトウェアテストにも通じるところがあると思っている。

試験というのは、何をどうしたら、このシステムは正常に稼働していると言えるのか?あるいは正常ではないと言えるのか?を考えることだと思う。それを実現可能なコストの再現性ある手法に落とし込み、エビデンスを確実に残す。そこに正解はないが、筋の良し悪しはある。

であれば、どんな手法があるのかをまず調べてみる……という発想があっても良いように思うのだが、うーん、わからん。

まぁあまり曖昧なことを言っても仕方ないので、当面は具体的な手法について教えるしかないのであるが、どうにももやっとする。

勉強の仕方は教えられるけれど

仕事では若手の教育があり、家に帰れば甥のオンライン家庭教師として、与えた課題の確認がある。やれやれだ。僕自身まだまだ多いに学ばねばならない身なのだが、さすがに三十も半ばになれば、いつまでも自分のことばかりしていてはいけないよ、ということなのか。

甥はまぁ今までに比べるとなんとか毎日頑張っているようで、一応毎日1時間から2時間くらいはやっているようだ。これはまぁ、中学生としてはそれなりじゃなかろうか

データで考える子どもの世界│特集│ベネッセ教育総合研究所

これによると、2015年の中学生が自宅で勉強する平均時間は90分らしい。まぁ平均といったところだが、甥の今までを考えれば、十分頑張っているのではなかろうか。

しかしまぁ、正直まだまだ負荷を上げていかなければ、到底彼の志望校にはかなわない、ということは見えている。何しろすべての科目が壊滅的であり、特に数学は小学校レベルの算数から怪しい、というか案の定、割り算が不得手故に分数も苦手、なので方程式が解けない、数の感覚なくて負の数が混ざると死にがち、という具合で、「これは小学校レベルの算数に戻って、鍛え直す必要があるなぁ」という感じだ。

それにしても、甥に教えている時と、若手に教えている時、自分の中で同質と思われる違和感が常にある。色々考えたのだが、学ぶことに対する主体性のなさと言えるだろうか。問題を自分ごととして捉え、考えるという姿勢に欠けているところがあるように見受けられる。

小手先のメソッドなんて本当にどうでもよくて、学ぶ喜びを伝えられさえすれば、後は自ずとどうにかなるだろうと思う。しかし、それが一番難しいことなのだろう……。とにかく今は、具体的な課題を通して、なんとかその奥底にある本質を自分なりに掴み取ってくれることを祈るばかりだ。

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