2019年10月6日〜10月19日の振り返り

[最終更新] 2019年10月29日

読んだ本。

  • 原田隆之 / サイコパスの真実
  • 橘玲 / 上級国民下級国民
  • 橘玲 / 働き方2.0vs4.0
  • 堀江貴文 / 多動力
  • 田村耕太郎 / 頭に来てもアホとは戦うな!

なんだかんだで忙しかった。仕事がなければないで、色々とやることがあるものだ。

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読書録

原田隆之 / サイコパスの真実

サイコパスという言葉は有名だが、よく知らなかった。が、「この人こそサイコパスでは?」と思われる人に深く関わり、結果ひどい裏切りを受けて傷つけられたことで、サイコパスに関心が沸き、本書を手にとった。

サイコパスはきちんとした学術用語であり、サイコパシーの特性をもったもの……一言で言うと「良心を欠如した」存在である。ネットでは反社会性パーソナリティ障害とイコールのような解説を見るが、別概念(併発していることは勿論あるだろう)。ちなみに僕が関わった件の人は、自己愛性パーソナリティ障害の色が強かった気がする。

サイコパスは脳機能に特徴があるようで(深いところ、つまり原始的な感情のところから表面の高次機能部に至るまで!)、であるとすれば基本的にはどうしようもない。各国も対応に苦慮しているらしく、アメリカではサイコパスと診断された犯罪者は出所しても民事拘禁施設に入れて一生出られないとかあるらしい。

ただ人口の1-3%がサイコパスで、かつ皆が犯罪を犯すわけではないので、大きな組織には社会になんらかの形で適応したサイコパス(マイルド・サイコパス)もいる。我々ができる防衛策は「できる限り近寄らない」だそうだ。どうしようもねぇ。あとは組織内においては「権限を与えない」ことも大事。これは本当にそう思う。人の上に立たせては絶対にいけない(これは多分360度評価を上下関係なく徹底することで実現できるだろうと思う)。

僕の関わったあの人は、思い返して非常にサイコパス的だったと思う。自己愛性パーソナリティ障害 + サイコパスのコンボだったのではないだろうか。まぁ僕は医師ではないので、思うだけだが。近寄ってはいけない人だった。

良心を欠如しているとは、つまり更生が本質的にありえない人ということだ。絶対にわかりあえない存在、絶望的に過ぎる。

橘玲 / 上級国民下級国民

橘玲は個人的に「やたら面白いこと言うオッサン」枠で、著書があれば読んでいる。本書は社会の分断について語った本で、まぁいつもの感じと言えばいつもの感じ。Kindleではベストセラーになっていたが、タイトルで釣ったね?と思った。

分断の分類が面白い。従来の保守vsリベラルにとどまらず、モテvs女性(フェミニスト)vs非モテという分け方がされている。昨今のインセルを名乗る男性による凶行などにも触れられており、「愛は分配できない。したがって、経済格差がなくなればモテ非モテの断絶はますます顕著になる」と指摘。そうかもね。

従来の保守・リベラルで言うと、リベラルの中にも分断がある。サイバーリバタリアンと言われる超・自由主義者(ホリエモンとかもそうだろう)と、PCあたりを有難がるリベラルには大きな溝がある。PCを超えた超・リベラルのサイバーリバタリアンとオルタナ右翼のプアホワイトには、主張の不思議な一致が見られるという指摘についてはなるほどと思った。まぁ、PCって自由主義というより全体主義的な発想だよなぁ、とは思う。

急激な知識社会化に、人間のほうが追いついておらず、またすべての人がネットで繋がるようになったので、分断がどんどん進んでいるんだな。あと50年くらいはどうしようもない気がする。

まぁそれでも、僕みたいなのは昔より今のほうがずっと生きやすい社会だよな、とも思うし、あまり悲観的になることもないのではないか。

橘玲 / 働き方2.0vs4.0

終身雇用崩壊からの、働き方について提起する書。1.0が年功序列・終身雇用、2.0が成果主義、3.0がプロジェクト単位で離散集合するシリコンバレースタイル、4.0がフリーエージェント(ギグエコノミー)とされている。安倍政権のもとで日本では急速に2.0への移行が進みつつあるが、世界の潮流はもはや4.0に変わりつつある、という話。

少子高齢化による労働力の減少はもちろんだが、遺伝学のエビデンスに基づいて、現代の知識社会に適応できる比率がそもそも少なくなっている(く)ことの指摘など、いつもの著者の感じ。

世代間格差の話はもちろんだが、戸籍制度の問題点、男女の賃金格差などにも触れられていて勉強になった。特に性差に絡んだ従軍慰安婦問題についての記述は印象的で、ジェンダーギャップ指数が世界最底辺の110位では何を言っても国際社会は聞く耳もたない、とは確かにと思った。逆に、北欧諸国並の10位以内になれば、日本の主張に耳を傾けるようになるだろう、というのもなるほど。

正直、上の世代が引退したらだいぶ変わるんじゃないか、とも思っているんだけれど。強制世代交代。まぁそれまではなんとか頑張って生きなくてはいけないし、その時にはもう手遅れ、ということになってしまわないように、踏ん張らないといけないのだが……。

堀江貴文 / 多動力

ホリエモンこと堀江貴文氏の著書。大量に書籍を出版しているが、書籍もかなり人の力を借りて書いているらしい。自分にできること、自分がやりたいと思うことを、ひたすらにやりつくせと言わんばかりの本。中々これを実行できる人は多くはないだろうと思う。

こんなに動いたら僕は多分疲れて死ぬ。まず精神のほうが先にバテる。だいたい人と会うだけでも疲れすぎて夜は死ぬのに。ただ、これだけ「今を生きる」スタイルで成功している人がいる、というのは、それだけで一つの大きな実績だなと思う。

ところで本書にあったクソ質問が本質を捉えていて面白かったのでメモする。

  • FAQ(よくある質問への回答)レベル
  • 論点がごちゃまぜになっている
  • 前提条件がはっきりしない
  • 不要な情報をダラダラと説明する
  • 答えてほしい内容がすでに決まっている

Quoraあたりのしょっぱい質問は、これらのどれかあるいは複数あるいは全部に引っかかっている。

田村耕太郎 / 頭に来てもアホとは戦うな!

タイトルを見ると非常に過激で、似たようなタイトルのホリエモンの著者もあるし、そっち系の本かと思いきや、むしろ逆の考え方っぽい。かなり旧来的というか、穏当な内容であった。サブタイトルが「人間関係を思い通りにし、最高のパフォーマンス実現する方法」とあるが、まぁよくある話だがサブタイトルのほうが本質に近いタイプの本。こういう売り方は長期的には信頼を損ねると思うのだが。

この本は先のホリエモンの本と比べて考えてみるとちょっと面白いかもしれない。著者は相当苦労してきたことが窺い知れ、耐え難きを耐え忍び難きを忍びとでも言うようなスタイルなのだが、それこそホリエモンあたりからは「アホ?」と一蹴されそうである。

著者は非常にクローズドな舞台で戦う人だといえるだろう。昔はそれしかなかったし、今も政治的な事柄が絡むと急速に戦いの場は狭くなっていく。そういう場では、なんだかんだでまだまだ著者の耐え難きを耐え的な考え方も有効かもしれない。著者の成功している人はSNSをしないという主張が、非常に象徴的である。まぁ、そういう世界も多く残っているし、なくなることもないだろう。

振り返り

就職先の決定

一ヶ月以上続いた就職活動もなんとか終わり。毎日のように面接があったりお祈りされたりでだいぶたいへんであった。こんなのよくみんな働きながらできるものだ。

ありがたいことに、業界大手とベンチャー系から内定をいただくことができた。色々考えたが、零細中小から大手にいけるチャンスは多くはないし、まぁ、ここまであまりにも色々なことがありすぎたので、ちょっと疲れてしまったということもあって、大手のところに行くことにした。とはいえ新規事業開発部門だから、雰囲気としては比較的ベンチャーっぽいかもしれないとは思っている。

11/1日が最初の出社日なのだが、それまで特に出社する日もなく、さすがにしっかりしているな……と思っていたのだが、先の消費増税でレターパックの値段が上がっていることに気づかず入社手続き書類を送ってきて、10円の不足をこちらで払うという事態になってしまった。

まぁこういう時は、受け取り拒否して再度送ってもらうのが、なんだかんだ言って正しい手順だとは承知しているものの(向こうも気づけるし)、そうは言っても多少気まずいことでもあり、まぁこちらで支払いをしてしまった。というか、深く考えずに封を開けてしまったので、そうする以外になかったのだが(封を開けると受け取り拒否できない)。

今までベンチャーやら零細やらでしか働いたことのない自分だから、最初はかなり戸惑うことが多いのではないかと思うのだが、技術的なところばかりではなく、大きな会社の制度や運用といった面も含めて、見ていきたいと思う。

つくづく思うのだが、目の覚めるような素晴らしい技術力よりも、人を思いやり目的にフォーカスした組織作りのほうが、よほどプロダクトに貢献できるのではないだろうか。というか、技術があっても組織がクソではその技術が活かされない。もっといえば、人が活かされない。逆に、まぁ最初はしょっぱい技術力でも、(人に対しても技術そのものに対しても)誠実であればたいていの仕事は最終的に形になるというのが経験則である。

都民共済の住所変更

都民共済から、年末調整などでの控除のための書類が送られてきたのだが、住所が以前住んでいた新宿区のままであった。転送期間ギリギリ。危ない。

どうやらネットから住所変更の手続きができるらしく、あまり面倒なことをせずに済んだ。覚えのない書類に書いてある番号を要求されて焦ったが、ファイルを見たらきちんと保存していたので、なんだかんだ働きだして10年たつ間に自分も少しは変わったらしいと、妙なところで自身の成長を実感した。

しかし、こういった手続きをするたびに、あのマイナンバーってのはなんだったんだと思う。既存の制度との兼ね合いがあるのはわかるが、もう少しどうにかならないものか?たしかにコストはかかるが、うまくやれば運用コストを激減させることができるのではないのだろうか。国民の負担も大きく減らせるし。

再就職手当

あまり知られていない制度だと思うのだが、雇用保険には再就職手当というのがある。「失業手当もらいきらないと損じゃね」という人に対応するため、早い目に再就職したら、もらっていない分の何割かを給付しますよ、というものだ。

この再就職手当、けっこう条件があって、失業してから一ヶ月以内に次の就職先が決まって出社することになると、いろいろややこしい。具体的には、厚労省に認可されたエージェント経由でないといけない、らしい。つまり、リクナビなんかで自分で探して就職した場合、失業から一ヶ月以内に次の会社に出社してしまうともらえなくなるのである。もちろん今流行りのリファラル採用もアウトだ。

どんな経路で就職しようがどうでもいいことだと思うし、できるだけ早く就職が決まったほうが国にとっても良いことだと思うのだが、裏ではリクルータ業界の嫌な圧力とかがあったりするのかもしれない。

featured image

ブログにはいわゆるアイキャッチ画像というものがある。記事を開いた時に真っ先に目に入るアレで、ブログでは必須、とまで言われているのだが、自分はアレが好きではないので、このブログには導入していない。

しかし時代の趨勢か、ブログ記事に画像があるのは当たり前だよね、と言わんばかりの仕組みが世の中には多い。AMPにしてもOGPにしても、画像があることを前提にしている。まぁ、サムネイル的に使うのだから仕方がないのだが。

ただし、こういう画像をアイキャッチ画像と呼ぶのはどうも日本独特のようで、WordPressにおいてはfeatured imageなどと呼ばれている。つまり、必ずしもアイキャッチする必要はないわけだ。

アイキャッチ画像と言われるとなんだかなぁと思うが、featured imageと言われればなるほどと思う。まぁ各記事を象徴する画像があるのは、たしかに良いことかもしれない。準備するのはたいへんだが。

ということで、featured imageについては作っていく方針にした。過去記事についてもおいおいなんとかしていきたいと思っている。

不誠実な人は、弱った時に誰も助けてくれない

今回の失職にあたり、サイコパスと言われるような人間は本当にいるんだな、と痛感した。今までもサイコパシー特性の強い人には当たっていて、「なんかお前は人生ハードモードだよな」と友人たちに言われている私だが、今回は特にその影響が大きかった。

まぁ色々と考えるところはあるのだが、一つ思うのは、そういう人たちの一定数は、他人を傷つけながら上にのし上がっていくわけだが、うまくいっている間、元気な間は良いものの、一度弱れば、もう誰も助けてはくれない、ということである。

先日旧友と話した時、共通の苦労させられた子供大人についての近況を聞くと、まさにそのような状態であった。自分が弱って、困ってから他人に助けを求めても、誰も助けてくれない。それまでさんざん人を傷つけてきた報いを、孤独という形で受けることになる。

碌な死に方しないぞ、という捨て台詞は、けっこうそのとおりなんじゃなかろうか。

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